9/3 地震・津波避難訓練(摂津支援と合同開催)

9月3日(火)9:30~10:30 摂津支援と合同で地震・津波の避難訓練を行いました。本日は千里青雲高校・北摂つばさ高校の共生推進教室の生徒も本校での学習の日でした。

今回の訓練の設定は、地震が起こり1次避難を行った後、津波に備えて2次避難をするというものでした。地震のため校舎内が損壊しているという想定で、避難時に通行できない箇所を設定し、そこを通らずに避難する形の、より実践的な訓練方法を取り入れました。共生の生徒を含め、両校の児童生徒とも教員の指示をしっかりと聞き、安全にかつ真剣に避難できました。(カメラを持たずに避難しましたので、写真で様子をお伝え出来ず残念です。どの児童生徒も机の下に静かに入り、移動の時もおしゃべりせずに真剣に取り組んでいました。)

また教職員も、両校で情報共有しながら、適切に避難・誘導できていました。実際に地震が起こった時のシミュレーションをより実践的に行えていたと思います。係りの先生方をはじめ、先生方ありがとうございました。

以下、訓練後に全校放送で行った「校長講評」です。

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とりかい高等支援学校校長の福井です。

今日は、地震と津波の避難訓練を行いました。うまく避難することができましたか?避難する様子を見ていていましたが、どのお友達も先生の言うことをしっかり聞きながら避難することができていました。とてもよかったです。

さて、6年前に大阪北部地震という地震がありました。小学部のお友達は小さかったので覚えていないかもしれませんが、中学部や高等部のお友達は、大きく揺れたことを覚えている人もいると思います。校長先生は当時「高槻支援学校」というところで働いていました。高槻支援学校は震源地から2kmほどのところだったので、本当に大きく揺れました。

そのときのメモに校長先生は、こんな風に書いています。

「私は地震がおこったとき、パソコンに向かって仕事をしていました。はっきり覚えてないのですが、最初の揺れがあり、次の大きな揺れまで、少しの時間(ほんの一瞬だったかも。)があったように思います。最初は「まあ、たいしたことないだろう。」とののんきに考えていました。はじめに揺れたときに身を守る体制を取っていたらよかったのかもしれません。けれどものんきに考えているうちに、次の大きな揺れが来ました。そのときには、もう身を守れるような状態ではありませんでした。これまで「防災防災」と言っていたものの、心の中で「まさか」とか「大丈夫だろう」という気持ちがあったのだと思います。」

校長先生はその時初めて「死ぬかもしれない」と思いました。校長先生は幸い無事でしたが、悲しいことに、実際に亡くなった人もいました。

皆さん、今日は真剣に避難できましたか?近いうちに「南海トラフ地震」という地震が起こると言われています。その時に備えましょう。地震はいつ来るかわかりません。学校にいるときだけでなく、おうちにいるときや、行事で学校の外にいるときに起こるかもしれません。これから楽しい修学旅行や研修旅行もあります。時々「今ここで地震が起こったらどうやって身を守ろうか?」と考えてみてください。かといっていつもびくびく生活する必要はありません。今日のような訓練を通して、その時に身を守れる方法を身につけていきましょう。今日は、全員が安全にまた真剣に避難できていました。とてもよかったです。

以上で校長先生のお話を終わります。

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