てのひらの小説 『かみ飛こうき』 鼻子

てのひらの小説第3弾。 紙飛行機に折り込まれた繊細に揺れ動く心情...... ぜひお読みください。

 

かみ飛こうき  鼻子


 紙飛行機を折ってみた。キレイに折られたそれは、飛ばされるはずのものなのに、また広げられる。
 進路希望調査書で折られた、紙飛行機の折り目を指でなぞりながら、椎野美歩は悔しさに涙をこぼした。
「なんで、こんなの作っちゃったの......」
 ただ、涙をこぼしながら、自分の勇気のなさに悔しさを感じた。


「美歩は調査書、書いた?」
 前の席の、北内京子がそう聞いてきた。彼女とは幼稚園の頃からの仲で、親友と言ってもいいほどだ。
「まだー」
「ウソ?」
「ホント」
 名前しか書かれていない、進路希望調査書を見せると、京子は眉に皺を寄せた。何かを心配するときの顔だ。
「どうするの? 今日でしょ、提出」
「そうなんだけど......」
 進路希望調査書についた折り目を見て、ため息をつく。指でなぞってみると、紙飛行機を飛ばせなかったあの日を思い出して、悔しさがこみ上げてきた。
「やっぱり、悩んでるんだ?」
「......うん」
 美歩の行きたい高校は、遠いからと親に反対されている。逆に、親の勧める高校は、どうしても美歩には合うような気がしなかった。
「親とかさ、気にせずに自分の好きなとこ選んだら?」
「そうしたいんだけどね」 
 眉尻を下げて、また、ため息をついた。
 今まで親の言うことに、あまり逆らったことがない分、怖い。
 進路希望調査書に目を落として、やはり何か書いておくべきかと思ったやさき、紙を奪われてしまった。
「うわ、なにも書いてない!」
「ちょっと!」
 京子が怒ったように立ち上がっても、紙を返そうとしない。むしろ、美歩の前でひらひらとさせ、ニヤリと笑った。
「これ、紙飛行機折ったでしょ?」
「......そうだけど」
 その答えに、なぜか満足気に頷いた佐竹光輝は、美歩に紙を返した。
「今日が提出期限、忘れるなよ」
「分かってるわよ」
 光輝がどこかへ行ってしまってから、京子が座った。
「なによ、あいつ!信じられない!」
「そうね」
 京子はプリプリと怒っているのに対して、美歩はそこまで怒る気にもなれなかった。


「あんたも、なにも書いてないじゃない」
 今日が締め切りだと言われたので、まだ名前しか書いていない進路希望調査書を提出したら、担任に放課後呼び出された。
 美歩だけではなく、光輝も。
「オレだって悩んでるんですー」
 シャーペンをくるくる回して、足をブラブラさせつつ光輝が言った。時々文字を書いては消しているようだった。
 美歩も、書いては消してを繰り返している。
 放課後の教室に残って書いているのが進路希望調査書。締め切りを守れなかった自分が悪いのだが、そう言ってきた担任を少し恨んだ。
「椎野は正直、どこでも行けんじゃないの? 頭的にさ」
「私の行きたいところがあるの」
「じゃあ、そこを書けばいい」
 光輝が席を移動して、美歩の前に、向かい合うようにして座った。
「なんでそこを書かない?」
「親が遠いからって反対するの」
 ふーん、とつまらなさそうに返事が返ってくる。光輝の方を見ると、紙飛行機を折っていた。
「実はオレも、紙飛行機、作ってた。進路希望調査書で。でも飛ばせなくてさ」
 飛ばせなくて。
 その言葉に、ぎゅう、と胸が締め付けられる思いがした。悔しかった思い。勇気がない自分への悔しさ。
「私も飛ばせなかったの」
「あの紙を見れば分かるよ」
 そう言って、笑いながら紙飛行機を完成させた。きれいに折られたそれは、どこまでも飛んで行けそうな気がした。
「オレはバカだから行ける高校も決まっててさ、でも、その中にオレの行きたいとこがないから悩んでんの。今から頑張れば行きたいとこに行けるかもしれないって言われてるけど......頑張れるか分かんない。だから悩んでる」
 窓を開けた。風入ってきて、美歩の進路希望調査書をさらっていった。
「だから、椎野の悩みは贅沢だと思う。反対されてるから、何だっていうの? いいじゃん、自分の好きなようにやれば」
「......その紙飛行機、飛ばすの待って」
 風にさらわれた、自分の進路希望調査書を取りに行き、光輝と同じように、紙飛行機を折った。
 光輝の折った髪飛行機と同じ印象を持った。どこまでも飛んでいきそうだ。
「私も、佐竹君の悩みは贅沢だと思う。......ちょっとぐらい、頑張ってみせなさいよ」
 もう一つ、窓を開けた。風が美歩の髪をなびかせる。気持ちいい風だった。
「一緒に飛ばそう」
「そのために折ったのよ」
 お互いにアイコンタクトを取って、同時に飛ばした。
 二人の紙飛行機は、風に乗って飛んでいく。しばらくして、落ちていくのが見えたが、そんなのはどうでもよかった。 
「オレ、頑張ろうと思う」
「私も、親に言ってみる」
 しばらく、紙飛行機が飛んでいった方向を見ていたが、ほぼ同時に目が合った。笑いがこみ上げてくる。
「頑張ろうね」
「まず、担任にもう1枚、紙を貰うところからな」


 担任からは、また怒られてしまった。親からも再び反対されてしまったが、渋々という形ながらも許可を得た。
 心はどこまでも、澄み渡っていた。

                                            < おわり >