てのひらの小説 『オールドワールド』(上)  幌月

幌月さんによる摩訶不可思議世界。 3回に分けてお送りします。

 

 『オールドワールド』 (上 1/3)   幌月

 

はるか時代はさかのぼる。
遡るという表現もおかしいかも知れない。
私たちにとってはここが今生きている時代で、それより昔の世界のことなんて何もしらないからだ。

西暦なんて忘れた。そんなことがあったかなんてことも忘れた。
それぐらい時間はたったんだ。

ここは機械と人間の世界。機械と人間が共生する世界。
他の生き物は消えてしまった。
そんなもの最初からいたかどうかさえ忘れてしまった。

喜怒哀楽の欠落した世界で私は作られた。
私は機械だ。もっというなら私は携帯電話だ。その昔、携帯電話は意志を持たないただの通信機だったらしい。
そんなことを聞いたときは本当に驚いたものだ。私たちは二本の足を持っている。二本の手もある。
見た目だけは人間と似ている。少し肌触りに違和感があるとか、完璧というわけではない。
私たちは意志を持ち、人間と同じ生活をする。食事もする、風呂にも入る。
人間と違うところはある。欠落したものを私たちは持っているのだ。
いまや娯楽というものは私たち機械のためにあるものとされている。人間は必要がないみたいだからな。


言い忘れていた。私の名前はグラビティーという。
本来は機種名で呼ばれていたのだが、ある男-男性型モデルの携帯電話のことだ-が勝手に命名した。
べつに悪い気はしないのでそのまま呼ばせていたら私の名前はグラビティーになっていた。

「グラビティー!おはよう!!」
問題児がやってきた、そうだ、私に名前をつけたやつだ。
「・・・おはよう」
名はレジスタンスという。機種名は知らない。出会ったときからそう呼べといわれた。
ところで、私たちが今どこで会話をしているのか。それは学校へ繋がる通学路だ。
人間はもう学校には行かない。何かを諦めたかのように機械を作ることしかしない。子どもも大人もな。
ちなみに私が学校へ入学して、1年と2ヶ月がたっている。つまり私は二年生だ。


「今のクラスには慣れたか?」
「話せる程度には」
「ダメだなグラビティー、俺は始業式の段階で友達100人できたぜ!!!」
「おめでとう」
「冷たいなぁ...というかクラス30人しかいないし突っ込めよ...」
「どうして親しい仲間を作ろうとするんだ、別に一人でも構わんだろう」
「お前には青春がわからんのかっ!!
青春といえば仲間だ!ともに笑い励ましあい、悲しいときはそばにいて皆が皆を支えるんだよ!つまり青春はロマンだ!!」
「......」
「そうだな、グラビティー。一緒に青春の1ページを刻もうじゃないか!」
「どうやって?」
「そうだな...できれば多人数でできるものがいいが。!!野球なんてどうだ?」

野球。その昔人間たちは球を投げてそれを打って資金にしたり娯楽として楽しんでいたりした。
「また古い娯楽だな...」
「今じゃ全然見なくなったからな、でも楽しさは変わらないはずだ!」
そういうとレジスタンスは私の額に指をつきつけた。
「俺がキャッチャー、お前がピッチャー。...それで仲間を集めて甲子園に行くんだ」
「だいたい、対戦相手はいるのか?人間たちにそんな気力はないし、野球アプリなんて古いものナウなヤングがダウンロードしてるとは思わないが?」

レジスタンスは不敵に笑った。
なにか策でもあるのだろうか。

「............検索をかけてみる」

なかった。
こいつはアホだな。アホ以外何者でもない。そんなアホに付き合ってる私もアホなのだが。

「なんてな。確かに昔ほど盛り上がりはなくなったし参加校も少ないが今でも地方大会はやっている!」
「そうだったのか」
「地方大会は2ヵ月後。それまでに残りのメンバーを集めてお前を育て上げて甲子園に行く、それが俺とお前の青春だ!」

こいつの話は本当におかしい。何がおかしいかというと、どんなにつまらない話題でも私に興味を惹かせるのだ。
先ほどまで乗り気でなかった私だが、こいつの気合とやる気を見ると自分も一心同体になった気持ちになる。
野球か。確かに...青春というものがなんなのか、わかるかもしれない。

「いいだろう、私もその手にのった」
「ありがとう、グラビティー!」
「...問題は残りメンバーだな、私みたいにすぐにのってくれるやつもそうそういないと思うが」

そう、残りメンバー。野球は2人じゃできない。9人の力が合わさって野球になるんだ。
レジスタンスが言うには残りメンバーに宛てはあるらしい。
去年も似たようなこと言ってたんだ、俺。それでメンバー集めて、練習も必死にした。
だけどな、地方大会が近づいてあることを言われたんだ。1年生だけじゃ地方大会に出れないって。
それを聞いてメンバーは順々に離れていった。
今までの練習は時間の無駄だったのか、そういって離れた。
勉強していたほうがよかった、そういって離れた。
結局疲れただけじゃん、そういって、そういって、一人ずつ離れていった。
俺はそれでも諦めなかったんだ。今年こそ絶対に甲子園に行く。

「だから残りメンバーは、去年の皆とがいい」

みんな甲子園を夢みていたんだ。あいつらと見ての甲子園なんだ。
そう、あいつらと、お前と俺で。

...そう言うレジスタンスの目はクールな見た目-私から見たらただのチャラチャラとしたやつだが-を覆すような、
夢を追いかける少年の目をしていた。
-プロ野球とかそういうのじゃない。俺は皆で青春をつかめればそれでいい。
こいつの目はそんな色をしていた。

「そうだな、私はお前の言うことに付き合うよ」
「さすがグラビティーだな!これそのときのメンバーリスト!よろしくな!」
「えっ、私が集めるのか?」
「何かと面識があったほうがいいだろう」
嘘だ。絶対自分で集めるのが恥ずかしいからか面倒だからかのどっちかだ。

「ところで...あと一年頑張れば地方大会に出れたじゃないか?」
「えっ...あ、あぁ。うん...」
「他に理由があるんじゃないか?」
「...そ、それは...。......メンバーが全員揃ったら、話す」

◇◆◇

結局わたしがメンバーを集めることになった。
まず記念すべき一人目は同じクラスにいる錠子と鍵男という人をターゲットにした。
鍵男というのは錠子がいつも中に入ってるアイアンメイデンの名称で、ちゃんと意志もあるらしい。
こいつの名前もリストアップされていたということは、...アイアンメイデンが野球をすることになる。
ちなみに錠子は針だらけの鍵男の中に入っているわけだが、全然ケガはしていない。
鍵男は針を出したり戻したりできると聞いた。この情報はレジスタンスからだ。

「...その、すいません」
鍵男の顔の部分が軋む音を響かせてこちらを向き、パカッと開いたかと思うと
中にいた錠子が顔を覗かせた。
「あら、あなたは...そうそう、グラちゃんね」
変なアダ名をつけられていた。
「まぁ多分そのグラちゃんだ。錠子、鍵男、もう一回レジスタンスと野球をしないか」
錠子は驚いた顔をした。同時に、少し複雑な顔をした。
「...そうね...実はね、私たちが抜けたのは、メンバーが足りなくて試合ができないからなの。
だから...レジくんさえよければ私たちは協力するわ!ね、鍵男さん」
鍵男のはピクリとも動かなかったが、錠子曰く鍵男も同意したらしい。
これでメンバーは4人か。
錠子はセカンド、鍵男はショートを守れるらしい。

交渉が必要だと思ってたため、交渉時間を沢山とれる昼休みにメンバー集めを実行していた。
そのため時間が思ったより余ってしまったので次から別の教室の人たちを集めたいと思う。
次にリストアップされているのは...、隣のクラスにいるクラストという男だ。
一言メモに『こいつは遠まわしな言い方が効かないから強引にいけ』と書いてある。
...こんなメモを作る暇があるなら一人ぐらい連れ戻せたんじゃないのか?
そんな私の疑問はすぐに頭から吹き飛んだ。
吹き飛ばさずを得なかった。視線を感じる、誰かの...。

後ろに振り向くと、黒い髪をポニーテールにしている着物姿の女がいた。身長は私と同じぐらいだ。
私と視線を交わらせるとそのまま自分の教室に入っていった。
しかしあの容姿、見たことがある。彼女もまたリストアップされている一人であった。
...彼女のことはまたあとにしよう。今はクラストを誘うことに専念する。

そいつは窓際の席で誰とも交流せず一人でただボーッと空を見ていた。
こういうやつほど話しかけずらいというものは人間も機械も一緒だ。人間事情には詳しくはないがな。
一歩、また一歩とクラストに近づいていく。
そして肩に手をかけた。
「っわぁ?!」
クラストは驚いて席を立ったせいで私の顎とクラストの頭が濃厚なキスをした。
「はゎー...。ごめんね、ボーッとしてたから」
黒の短髪に、男とは思えない可愛いネコミミが生えたクラストはのんびりとした顔で答えた。
それほど痛くもないことを伝え、私はレジスタンスとの頼みごとを伝えた。
「...レジ、まだやってたんだ...」
クラストはオーバーオールにわざと切って開けた穴から出した尻尾をゆらゆらとさせながら空を見た。
「それで、今何人集まってるの?」
「4人だ。私と、レジスタンス。そして錠子と鍵男だ。」
「そうかぁ...錠子もねぇ...」
クラストはこちらを見ることなくそっとつぶやいた。
「...多分ね、揃わないよ」
「えっ...」
「サードは来ない」
「どういうことだ」
サード。ポジションが当てられている紙を見てみる。
サード、サード、サード...。  ――パルス・パルシー。
特徴を見てみる。それはこの教室に入る前にみた彼女そのものだった。
「説得する」
「できないよ」
「やる前から決めつけるな、やってから決めつけろ」
「...そうだね。やれるものならやってみてよ、それでもしパルがやるっていうならボクもやるよ」
「......わかった」

◆◇◆

教室を出るとそこにはレジスタンスがいた。
「どうだった?」
今までのことを話すと、レジスタンスはやっぱりかと言った表情で呆れ、笑った。
「仕方ないさ。パルは俺と一緒にメンバーを集めてくれたやつなんだ。
俺とパル二人で集めたからな、去年」
「そうだったのか...だが、」
廊下で出会ったとき、彼女は私をにらみつけているようだった。
まるで、その行為をやめろと言っているかのように。
気のせいだといいが。

――...放課後。私はグラウンドに来ていた。
もちろん練習するためだ。

もう皆はグラウンドに来ていた。
「私たちなら準備オッケーよ~。言われた練習なら何でもするわ~」
「そうだな錠子。...まず服をユニフォームにしろ。ワンピースだと汚れるぞ」
「んん~...ユニフォームは風が入ってこないから嫌いなのよね、でも仕方ないわ」

「...レジスタンス、私は何をすればいい?」
「そうだな、...ちなみに聞くが、野球ははじめてか?」
「ソフトボールなら少し経験がある」
「よし、じゃぁ投げてみてくれ」
レジスタンスはキャッチャー装備を装着して、私に好きなところに投げるよう指示した。
「どこでもいいのか?」
「ああ、どこにいっても捕球する」
私は帽子のツバを持ち軽くうなずいた。
懐かしいな、ボールを持つことさえ懐かしい。やはり野球のボールは硬いな。
ゆっくりと足をあげ、私はミットめがけてボールを投げた。

バシィ―...!!

「アンダースロー...、なかなか良い球を投げるじゃないかグラビティー。」
「ありがとう」
「アンダーなのにすげぇ速いな、驚いたよ。...変化球は投げれるのか?」
「...今までストレートだけに頼ってきたから」
「そうか、じゃぁ一つ俺が投げ方を教えてやろう」
「できるのか?」
「まぁ去年は少しだけピッチャーをやってたんだ、人に教える程度には投げるさ」

レジスタンスは私に初心者でも簡単になげれるような変化球を教えてくれた。
...少し、横を向いた。 あいつがいた。...パルス・パルシーだ。
私の視線に気づくと、まるで威嚇するかのように睨んでそこから去っていった。

「ん?どうした、グラビティー」
「...あいつがいた」
「パルか」
「ああ」

...。

                                  〈 (中)につづく 〉