てのひらの小説 『もう一度、声を』 後編  ボコ

※ 前編からお読みください。

 

『もう一度、声を』 (後編 2/2)   ボコ

「――ラ、―-ュラ!!」
......誰かが呼んだかな?
私の名前。
こんな楽しい事を邪魔するなんて、なんて不躾な人なんだろ......
全く、そんな奴の顔見てみたいよ......
「シュ―――ラ!!」
うるさいなぁ......
さっきよりはっきり聞こえる。
邪魔しないでよ......
いま、遊んでるんだから。
「シュラ!! 目を覚ませよ!!」
あ、なんだか心地いい声だ。
その声が無くなっちゃうのはおしいんだけどな......
「私のために......死んで?」
その声の方へと剣を突き刺した。
手には心地よい感触。
人の肉にゆっくりと突き刺さっていく刃物の感覚。
嫌がる肉をムリヤリ押し入って入っていく銀色の刃。
やっぱり気持ちいい......
「シュラ――悪い」
心地よく感じる声の後には焼けるような右の手のひらの痛み。
「ッ、くぅ......」
痛みに耐えながら見た私の右の手のひらには深く刺さった小さなナイフ。
「あ、」
見覚えの有る、ナイフ。
「あ、ぁあ、......」
ようやく、視界が戻ってきた。
知ってる、私は知っている。
このナイフの持ち主は......
「シュラ、大丈夫――か?」
「ヴァ......イル......」
「戻った......か?」
私が握っている赤黒い血がこびりついた剣の先にあるのは、紛れも無いヴァイルの身体。
私が、刺した......?
不意にヴァイルがグラリと大きく揺れた。
そのままヴァイルの身体は地に倒れていく。
「!!  ヴァイル、ヴァイル!!」
すぐさまヴァイルに駆け寄った。
「大丈夫、みたいだな」
青い顔したヴァイルは力なく笑う。
「あ......やだ、やだよ」
普段の彼らしくない表情。
それが何を意味するのかは容易に想像がついた。
「そんな泣きそうな顔......すんなよ」
ヴァイルが苦笑を漏らす。
私が起こしたことなのに、ヴァイルは私を攻めてくれない。
それが、辛い。
「ヴァイル、死なないで......」
「大丈夫、だ」
応えてはくれる。
でも彼から流れ出る血は留まる事を知らなくて。
だから余計に不安になる。
「ごめん、なさい......私が、弱かったから......」
ヴァイルが、死ぬんじゃないかって。
「お前が、悪いワケじゃ、ない」
途切れ途切れになる声。
「悪いのは、この、戦争、なんだから、さ」
ヴァイルの鼓動が弱くなってく。
「やだ、そんな事言わないで......」
そんな、最後みたいな、
「シュラ、は、悪く、ないんだ」
これでお別れみたいな、
「だから、安心、しろ?」
そんな言葉、いらない。
「ヴァイル......やだよ」
ちゃんと言ってよ。
私を一人にしないで......
「俺はお前を、置いて、行かない」
「ッ!! ヴァイル!!」
「安心しろ、よ、もう、終わる、からさ」
「え......」
なにが終わるの?
戦争が終わるワケなんかない、のに......
「だから、俺、少しだけ、寝るな――?」
「ぁ、ヴァイル!! 目閉じないで!!」
ヴァイルがいなくなる。
一気に不安が身体を包む。
そんな不安とは裏腹に、ヴァイルの目はゆっくり閉じていってて、
「やだぁ!! ヴァイル!! 目ぇ、開けてよぉ!!」
ヴァイルを揺すりながら必死に叫んでいた。
それでもヴァイルの目は閉じられて。
全てが終わったのだと、思ってしまう。
絶望感だけが心を駆け巡る。
ヴァイルと一緒に生きたいから、戦おうって思ったのに。
ソレが、ソレが出来ないなら......私は、
私は、何のために戦ってきたというの――?

「見つけた......」
「え......?」
ふと聞こえた男の声。
ゆっくりとそちらへと振り向く。

「シュラ・リデル・タルヴィ、だな?」
まっすぐな瞳をした青年だった。
「あ、はい......」
この青年が誰なのか、頭の整理はついていないけど、
とにかく質問に答えないとと、首を縦に振った。
「お前を探していたんだ」
青年はまっすぐに私を見据えたまま、そう言い放った。

その後は目まぐるしいほどの早さで事が進んでいった。
まずはシラルド国王の死。
彼の戦争理念に疑問を持った者達が、反旗を翻したのだ。
その中心にいたのはあの青年。
その青年は諸悪の根源である国王を倒すとすぐに、戦争を止めるよう動いた。
そのためにタルヴィ国の現国王の私に謁見を申し入れようとしたが、
今戦時中の国王が敵国の王に会うなど不可能に近い。
そこで私に近しい存在である、ヴァイルが仲を取り持とうとした。
――私は暴走してしまっていたけれど。
結局は青年は私と話し合うことに成功したのだ。
その後、すぐに戦争が終わった事が両国全ての人間に伝えられた。
すぐに両国の、町々の復興が行われて、
先ほどまで戦っていたのが嘘のように、両国の人々は力を合わせていた。
誰も誰かを攻めることは無い。
誰しもが命令どおりに動いていただけであったのだから。

「父様、今はもう戦争は終わりました」
復興作業も有る程度進んだ頃、私は父のお墓参りに行った。
「きっと、父様もなにか考えがあったんですよね」
「私は、父様の事、信じてますから......」
父様も近年減ってきた資源を集めようと必死だったんだと思う。
それが分かっているからこそ、みんなも父様を攻めたりはしない。
ただ、少し方法が間違っていただけなのだから。
「シュリ!! 英雄さまが呼んでるぞ!!」
もう帰らなければ、と思った瞬間心地よい声が届く。
一度は失ったと思った、暖かい声。
今度は私自身の手で、守れるように。
彼とともに歩いていきたい。
「うん、今行くね!!」

だから、見守っててくださいね、父様。

                         < おわり >