てのひらの小説 『もう一度、声を』 前編  ボコ

『遥かなる故郷』につづく、シラルド&タルヴィ・サーガの第二弾をお届けします。今回は前・後編でお楽しみください。

 

『もう一度、声を』 (前編 1/2)   ボコ


「集え、我が同胞達よ!! 死を恐れるな!! 我等が前に在るのは勝利のみ!!」
銀色に輝く剣を携えし少女は高らかに宣誓する。
兵たちを先導するために。
自らの不安を覆い隠すために。

その世界には戦争が起こっていた。
シラルド国とタルヴィ国。
二つの国の二人の王の醜い争い。
何年もその争いが続いたとき、それは起こった。
――タルヴィ国の王が病死した。
その死はすぐさま大陸全土に広まった。
もちろん集うべき旗印を失ったタルヴィ国の兵たちは大混乱に陥った。
拮抗していた力は次第にシラルド国の優位となっていく。
タルヴィ国の誰もが敗北を覚悟していた時。
ある少女が立ち上がった。
前王の一人娘、シュラ・リデル・タルヴィ。
わずか、16歳の少女は自ら剣を取ったのだ。
民を国を守るため。
大切な人を守るため。

「シュラ、そろそろ......」
「うん、分かってる」
父様が病に臥せった時に、いづれはこうなるだろうと分かってた。
でもやはりすぐさま決心が着くものでもなかった。
今から私は戦場に行くんだ。
守るべきものを守るため、人を、殺しに行くんだ。
「――シュラ、無理して前線に出る事ないんだぞ?」
「ううん、大丈夫だよ?  ヴァイル。 私、戦える」
嘘だ。戦えるワケない。
今まで、剣を握ったことは確かにあった。
でもそれは全部修行の一環で、実戦なんてしたことも無かった。
本当は戦場に行くこと、それ自体が怖い。
「俺に嘘つくなよ。 手、震えてるぞ?」
やっぱり小さい頃から傍にいるヴァイルは分かってる。
私が戦えないって事。
ヴァイルが私を心配してくれるのはとても嬉しい。
それでも私は王家の血を継ぐ最後の者として戦わなきゃいけない。
「これはただ緊張してるだけ。 私の初陣だもん」
大丈夫、私は――戦える。

私が声をあげた刹那、戦いは始まった。
耳に届くのは誰のものともつかない怒号や悲鳴。
そこら中から響く爆発音、剣の擦れ合う音。
そして真っ赤にそまる大地。
目に見えるもの、耳で聞こえるもの。
全てが私と違う世界で起こっている事みたいだった。
ときおり聞こえるヴァイルの私を心配する声だけが現実味を帯びていた。
その声だけで、なんだかほっとするや。

「王女、覚悟ォォ!!」
懐に飛び込んできた兵士の攻撃を右斜め前に足を運ぶ事によってかわす。
「......」
そのまま、私は兵士の空いた脇へと剣を振るう。
それでその兵士は絶命する。
何度もそんなことを繰り返す。
始めは見極める事が難しかった攻撃もどんどん見えてきて。
今では最小限の動きでかわせるようになって。
あとはかわした後に見える隙を狙えば、その兵士はすぐに死んで......

死んで......?
「あ――」
私は人を、殺してる。
同じ生きてる人を。
手を見下ろす。
その手は真っ赤に染まってて、それは私が殺した人間の物で。
人間の血で。
怖い、恐い、こわい。
人間が?
違う。 私がコワイ。
平気で人を殺す私がコワイ。
「あ、あ......」
剣が落ちる空虚な音が聞こえた気がした。
何も見えない。何も聞こえない。
見えてるのは、聞こえてるのは、
笑って人を殺す自分自身の姿――
「いや、やだ......、こわい、こわい」
怖い、怖い。
剣を握りたくない。
戦いたくない。
「殺したく、ない......」

――殺シチャエ。
誰かがそっと呟いた。
――邪魔スルモノハ、ゼンブ、
「殺シチャエ......?」
落ちた剣をそっと手に取る。
そうだ、全部、
「殺しちゃえ」
真っ赤な花が辺りに咲き乱れた。
なんてキレイな花なんだろ。
「もっと、もっと見たい......な?」
恍惚とした笑みを浮かべるのは、私自身。
そう、それは修羅のごとく。
「ふふふ、ふはははは!!」
なんて簡単な事なんだろう。
人って案外脆いんだね。
ほら、すぐまた倒れてくよ。
殺せ、ころせ、コロセ。
誰が言ってるのか分からない。
でもこうするのは心地いいからもっとやるよ?
「ほらほらぁ、早くこっちにおいでよ!!」
一緒に遊ぼ?
キレイな真っ赤なお花が見られるんだよ。
みんな見てみなよ。
きっとこんなキレイなお花、見たことないから。

                              < 後編につづく >