てのひらの小説 『ワールドリセット』  甘月

※平成24年度も今宮高校の文芸活動を応援ください。

本年度の小説第一弾は、甘月さんのファンタジーワールドです。

 

『ワールドリセット』  甘月

「お嬢さん、旅人かい?いい宿があるよ。」
「いえ、結構です・・・。」
知らないおじいさんはにこやかな笑顔をすぐさま消し、来た道を戻って行った。
私は気が付くとどこか西洋の街角に居た。

ここはモンスターに支配された国。
私が生まれるちょっと前にこの国は今じゃ隕石と共に現れたモンスターの住処となっている。
私がうずくまっている目の前には肌の色も髪の色も関係なくいろんなヒトが通りすぎる。
いや、私の目の前を横切るのはヒトよりも豚のようなモンスター、狼のようなモンスター、トカゲのようなモンスターその他個性的な形をしたモンスターの方が多い。
それらのモンスターの名前はすべて言える。デバス族、ガブラン族、ダラジャ族...。
でも、私の親の名前は言えない...
自分のことがわからないんだ...。
私の名前はイリス。15年前に生まれた、生まれた日は知らない。
私の性格も、何が嫌いか、何が好きなのかも、何ができるか、私の種族だって
何もわからない。
私はふと窓ガラスに映る自分の姿を見た。
これが初めて見た自分の姿だった。見た目からして私はヒトだ。
服装はボロボロでもなくきらびやかでもない。
短めの髪と同じ黒の瞳。肌は街中を通過するヒト達の大半と同じ白っぽい色だった。
容姿で種族がはっきりすると思ったが大抵どの種族にも居そうな至って一般的な容姿だった。
しかしこの状況は楽しくないか?
まっさらな何の痕跡もない人生を今から歩むんだ。新しいゲームを手に入れた子供のように浮かれた気分になってくるだろう。
それに私の過去なんかは関係ない、覚えてないんだから。
こういうのはゲームでは知らない人に話しかけてストーリーが進んでいくものだ。
RPGの主人公気分になった私は直感で少年に話しかけた。
金髪でほんの少し幼さを感じさせる、多分私とほとんど同い年であろう美少年だった。
少し長めのマントを肩からなびかせ、腰に剣を携えていた。見た感じから剣士っぽい。
私はそこから言葉が出てこなかった。
「あの・・・・・・」と声を掛け、肩に手を置いた時から約数秒。
脳みそがぐるぐる回るような、顔に体中の血液が集まって行くような、
耳がじりじりと燃えて落ちてしまいそうな、さっきまで考えていた言葉は落ち葉みたいにぱらぱらと落ちていくような、そんな感覚が私の全てを止まらせていた。
やばい、私はアガリ症だ。
「あ・・・うぁー・・・・・・えっと・・・・・・・・・。」
・・・終わった。もう何も言えない。何もできない。
私はこれ以上言葉を吐くのを諦めた。
「・・・街を案内しましょうか?」
「え?」
少年はRPGの村人のように話を進めた。
「おそらくあなたはこの街が初めてでどうしたらいいか分からないのでしょう。
なら、僕があなたをエスコートいたしましょう。」
物腰柔らかな口調で少年は言った。
剣士とか少年とかというより紳士というイメージが濃くなった。
「は・・・はいっ!お願いします!」
「僕はヴァーモと言います。あなたのお名前は?」
私は軽くお辞儀をするとヴァーモさんも頭を下げた。
「行きましょうか。」
ヴァーモさんは私を笑顔で軽く促して歩き出した。
「イリスさんはどうしてここへ来たのですか?
イリスさんが来るには少し危なめな街だと思いますが・・・。」
そういえばここはモンスターの多さで有名な街。
綺麗な外観のこの町の見た目にそぐわず、モンスターの犯罪も多いらしい。
要するにこの街には凶悪なモンスターが多い・・・。
「迷ったんですよ。で、途中で疲れちゃって角で休憩してました。」
「なるほど・・・。旅の途中でしたか?」
この言葉を聞いてあたしの口は独りでに動き出した。
「はい。実は生き別れた両親を探してるんです。
今まで私はクローチェ家で養子として育てられていました。
しかし最近両親が生きているということを知り旅に出て・・・・・・。」
記憶が戻っていく。旅人かなんて見知らぬおじいさんに最初に聞かれたのにヴァーモの質問で記憶が戻る。
「クローチェって・・・まさかあのクローチェ事件の?」
ヴァーモから聞いたことのない単語が飛び出してきた。
「クローチェ・・・事件・・・・・・?」
「いや・・・なんでもありませんよ・・・。」
さっきまで泉のように溢れ、復活した記憶が急に消滅した。
なんとか記憶を詮索しようとすると恐怖で身の毛がよだった。
思い出してはいけない。私の本能が記憶のダムとなってしまった。
でも、大きな進歩だ。もしこのままヴァーモという少年の傍に居れば記憶は徐々に戻されるんじゃないか?
過去は関係ないなんて嘘だ。やっぱり自分の過去くらい知りたい。
私は意を決して彼に打ち明けた。

「ヴァーモさん、私には自分に関する記憶がないんです。
どれだけ思考を張り巡らせても戻らなかった記憶があなたの言葉で少しだけど呼び戻されました。
記憶を呼び戻すには多分あなたが必要不可欠です。
だから、どうか傍に置いてくれませんか?」

ヴァーモさんは目を丸くした。
そして少し目線を外してふふっと笑った。

                                〈 おわり 〉