てのひらの小説 『滅亡しなかった日』 前編  都

※都さんの新作を前・後編に分けて掲載します。 地球が滅亡 しなかった日? じっくりお読みください。

 

 『滅亡しなかった日』 ( 前編 )  都

 

 明日、人類が滅亡する、そう思っていた。本当にそう思っていたのだ。

 朝目が覚めると見慣れた天井があり、そして見慣れた天井の黒いシミを見つけ私は愕然とする。また今日も朝がやってきてしまった。朝がやってくると私の一日はめまぐるしく動き始め、あっという間に夜になってしまうのだ。私はいつも通りの朝に落ち込みつつもだらだらと布団から出る。まだすっきりとしない頭のままお母さんがアイロンした真っ白なワイシャツを着て、紺色のスカートと靴下を履く。もう一度布団の上に両手を広げて横になり、天井の黒いシミを見ながら時計の秒針が動く音だけに意識を集中させて、ゆっくりと目を閉じる。ちょうど六十回目で目を開け、私はもそもそと立ち上がる。朝が本当にやってきたのだ。私はやっぱり愕然としてしまう。本当は今日、朝目が覚めたら人類は滅亡しているはずで、そうして私が目覚めることなど、もうないはずだった。なのに私の朝は、すでに始まってしまっているし、私はもう制服を着て、そうして毎朝の日課である、秒針に耳を澄ませることも、もうやり終えてしまった。今日の用意が整った鞄を見て、私はため息をつく。ああ、結局私は今日も生きている。そう思えば思うほど、自分がちっぽけに見えて、情けなくなった。

 階下に降りると早起きのお母さんは昨日と同じように朝ごはんを作っていた。味噌汁の香りがほのかに香ってきて、泣きたくなるのを堪えながら、私は洗面所に向かう。鏡の前で昨日と変わらない今日を嘆くように顔を歪ませてみるけれど、そうしたところでやっぱり今日はもう始まってしまっているのだった。

 たとえば昨日で世界が終っていたらどんなによかっただろう。何の変哲もなくあっさりとすべてが終わっては始まる毎日に、これほどまで失望しなくて済んだだろうか、何の意味もない日々を送る自分にこれほどまでに失望せずに済んだだろうか。頭の中がぐしゃぐしゃになるのを感じながら、私は朝食を食べる。昨日と同じだ、まるで昨日だ、昨日が今日でも、今日が昨日でも、なんだって変わらないだろう。

 学校に着くと皆が皆、人類滅亡の話をしていた。
 「ねえ、やっぱあんなのデマなんだって、なにがマヤ文明よ、ありえないありえない」
 得意げに美穂が言う。横で大きくうなずいているのは昨日おおげさなまでに焦っていた由紀だ。
「うんうん、やっぱりないよね、あんなの怪しすぎると思ったもん」
 由紀は心なしか安心したような声を出す。
  私も皆に合わせて適当に相槌をうつ。皆どうしてそんなに人類が滅亡してほしくなかったのだろうと不思議に思いながら。
「今日滅亡してたらよかったのに」
 小さな声で言ったつもりが由紀には聞こえてたみたいで、由紀は少しだけ驚いてみせ、そうして小さく笑った。
「なんで?」
 由紀は本当に不思議そうな顔で聞いてくる。なんでこんなに滅亡してほしかったのか、考えてみたけれど、なんにもわからない。
「わかんない」
 正直に言うと、由紀は笑い出した。なにそれえと言って少しだけ悲しい顔をした。人類が滅亡することが、私にとってどんなメリットがあったのだろうか、全く答えが見当たらない。どうしてこんなにも滅亡を心待ちにしていたのかも、わからない。
「由紀はどうして滅亡してほしくなかったの」
 素直にそう聞いた。由紀はきょとんとする。
「え」
 由紀は一瞬とまどったような表情をし、それからすぐに私の目を見た。
「だって、なんかいやじゃん、まだ十六年しか生きてないのに、もったいない」
 由紀がそう言うと、ずっと黙って話を聞いていたサユリが笑いだす。
「そんな理由なの?」
「だって他に何があんの」
「家族と離れたくないとかさ、そういうのじゃん」
「ああ、まあそんなこともあるけど、でも結局は自分が生きたいからじゃない」
 サユリと由紀が話しているのをじっと聞いていると、なんにも理解できない自分がいることに気がついた。だって私はそもそも、滅亡してほしかった人間なのだ。滅亡してほしくなかった人間の気持ちなんて、理解できるはずがない。家族と離れたくないとか、十六年しか生きてないのがもったいないとか、そんなものが死にたくない理由になるんなら、なんだってありじゃないか、と私は少しだけ卑屈になる。

                                                     〈 後編につづく 〉