てのひらの小説 『滅亡しなかった日』 後編  都

※ 前編からお読みください。

『滅亡しなかった日』 ( 後編 )  都

 放課後、サユリと由紀に夜ご飯を食べにいかないかと誘われたけど、断った。ここ最近の私の毎日にはうんざりしている。だらだらと時間だけが過ぎるような気がして、でもそれは気がするだけで、結局は同じ速さで時間は進み続け、私はいつも、同じ場所からそれを見ることしかできないのだ。
 一人で下駄箱で靴を履き替え、校舎から出る。風が吹いて、スカートが少しはためく。そろそろ冬が来るのだなあと一人しみじみ考え、正門を目指して歩きだす。同じクラスのチカとすれ違う。
「ばいばーい」
 チカは、何がそんなに楽しいのだと聞きたくなるくらい屈託ない笑みでそう言って、手をふる。私も同じように手をふってみる。いつも通りだ。
「また明日ねー」
 チカがそう言う。うんー。私はそう返事をする。明日なんて、来なければいい。そう思った。チカは、明日がやってくると信じている。屈託のない笑顔で明日がやってくることを信じ、疑うことをしらないのだ。泣きそうだ。そう思ったときには遅かった。気づけば両目から涙が流れていて、たまらなく悲しくなる。悲しいから涙が出るんじゃなくて、涙が出るから悲しいのかもしれない、そんなことを頭の隅の方で考えながら、私は早足で正門をくぐる。ふざけんな、ふざけんな、気がつけば私は、一歩一歩踏み出すごとに、ふざけんなと言っている。ちくしょう、ちくしょう、ふざけんな、ちくしょう。滅亡してるんじゃなかったのかよ、人類。
 今日もまた普通に学校が終わり、何かしらのアクシデントや出来事が起こったり起こらなかったりして、私は電車に揺られながら母の作った料理が待つ家に帰るのだ。いつもいつもがあまりに平穏で、あまりに退屈だ。
 私がしたいことって、見たいものって、聴きたいものって、一体何なんだ。その問いから逃げたかった。逃げたかったから今日、滅亡してしまえばよかった。何も見つからない日々は馬鹿みたいに退屈で仕様がなかった、そして、今も。
 夕方の河川敷を泣きながら大股で歩く私の横を少し汚れた白の運動靴を履いた中学生があからさまに私をじろじろ見ながら通りすぎる。そりゃあそうだろう。私だって私みたいな人が前から歩いてきたらじろじろ見るだろうし、何あの人、とあからさまに言うだろう。
 ずんずん、ただ黙々と歩き続ける。一体その先に何があるのだろう。なぜ私は歩いているのだろう。なぜ私は泣いているのだろう。答えなんてものが見つかる気がしない。そもそも答えなんて存在しないんじゃないだろうか。急に、このまま歩いても歩いても何もなかったらどうしようという不安に駆られる。こんなにぐしゃぐしゃになって歩いても何もなかったらどうしたらいいというのだろう。
 何もないところでつまずき、そのままバランスを崩して私は大胆に転ぶ。
「いってえ」
 無意識に大きな声が出る。周りには誰もいない。いってえ。私はうつ伏せの状態から寝返りをうって仰向けになる。膝小僧がすりむけ、血が出ている。コンクリートがひんやり冷たい。ふと見た空が驚くほど綺麗なオレンジ色をしている。思わず笑ってしまう。なんだよこの空。なんでこんなに綺麗なんだよ。ふいに、この景色を見るために生きてきたような、そんな気がした。何もないところでつまずいて、転んでコンクリートにへばりついて膝小僧から血を流しながらこの空を見るために、生きてきたのかもしれない。
「いってえ」
 もうとっくにどこも痛くないのにそう言ってみる。私の横を中学生たちが数人通り過ぎる。何あの人。中学生たちはクスクスと笑う。
なんか痛いね。そう言っては、また笑う。そうか、痛いのは私なのか。妙に納得して私は目を閉じる。中学生たちの声が遠くに消える。遠ざかっていく中学生たちの後ろ姿を想像しながら、今日人類が滅亡しなくてよかったかもしれないと、こっそり思う、。目を閉じたまま、六十回数えてみる。いつもの朝みたいで、それでいて全く違う朝のようでもあった。六十回目で目を開けたら、あの馬鹿みたいに綺麗な夕焼けが見れるのだと思うと、少しだけわくわくした。

                                                        〈 おわり 〉

投稿者
ゆー
コメント

あたし、転んで膝すりむきたいな