小説 『ガスマスクでもおk?』(前編)

今宮文芸舎の活動も3年目に入りました。 本年度も応援のほどどうぞよろしくお願いします。

新年度の小説第一弾をお送りします。 てのひら小説参加作品です。前編、後編に分けて。どうぞ。

 

『 ガスマスクでもおk? 』(前編)  飽和コーヒー

 
 朝だ。清々しい朝である。さて今日も一日がはじm

―ベッドのしたに何かいる。―

もぞもぞと何かが動いてうめき声をあげている。どうやら起こしてしまったみたいだ。
僕はおそるおそるベッドの下をのぞいた。
「コーホー...。」
なぁんだ。霧島さんかぁ。ガスマスクを着けて寝るなんて、しょうがないなぁもう。
「霧島さん。朝だよ。」
「コーホー...。」
「今日日直だったよね?ごはん食べたら学校いこうか。」
「コーホー...。」
僕は河原良介。工業科の高校に通う、ごく普通の高二男子。所属は演劇部。座右の銘は「とりあえず様子見」。この「コーホー...」しか言わない人は霧島さん。霧島小枝子。僕の同級生でいつもガスマスクをつけている。同じ委員会に入ってしまい、それ以来よく一緒にいる女の子だ。ある朝、僕が起きると霧島さんがベッドの下で寝ていた。理由は説明してくれない。いや、コーホーしか言わないしなぁ。「とりあえず様子見」している。
「コーホー...。」
「あぁ。ごはんだね。あとで上に持って行くよ。」
霧島さんはどうやら顔を見られるのが嫌らしく、ごはんを食べているところは見せてくれない。幸い今年は両親が出張中で、霧島さんのことはまだ知られていない。さてと・・・
―サンドイッチを持っていって、食べたら学校へ行こう。―

「霧島さん、なんかそわそわしてるね。」
「コーホー...。」
やっぱり会話が弾まないなぁ。メールでもできればいいけど霧島さん携帯もってないし。ううむ...。
「そういえば今日体育だよね?」
「コーホー...。」
少しうなづいてくれたが、やはり会話に困る。ああ...誰かきてくれないものか。

トトトトト...

「おっはよーーー!」
「おお。里美じゃないか。」
この朝から相当元気な声とテンションではなしかけてくるヤツは大倉里美。小学からの女友達...だがそこからの発展なんてなかった。僕は一度、こいつに殺されかけたことがある。それは小学生の頃。遠足で山にハイキングに言ってる途中、里美と話をしていると、先生とはぐれてしまった。山のどこかもわからないところでおろおろしていると、そこに一匹の蛇。僕はそいつに脚を噛まれてしまった。すると里美が、
「大変!毒抜かないと!」
と言って、僕の脚に駆け寄るなり傷口を吸い始めた。幼馴染とはいえ、これはどうかと思うと同時に、どこからかこいつに好意を抱こうとした瞬間、
「...うっふふふ。この血...おーいしーいぃ...。」
しまった。忘れていた。こいつは昔から血を飲むと吸血鬼だかゾンビだかになって襲ってくる習性があった。
「...あッ...ぐぅわぁ...喉が...喉が渇くのおおおおオオオオオォォォォォ!!!!!」
おっと、こいつはまずい。全身の血を抜かれかねん。迷子とはいえ、道がわからなくなるのは怖いが僕は必死で逃げた。うしろを振り向くと里美が赤い目をしていたようなしてないような。それ以来あいつとは距離をおいている。一瞬でもかわいいっておもったおれが馬鹿だった。
「今日日直だってね!小枝ちゃん。」
「コーホー...。」
「えっへへ。まぁしょうがないよ!日直はランダムだし!」
嘘つけ。お前昨日すり替えたろ。

―昨日の放課後―
「えー...明日日直じゃーん...」
「そうか。」
「(なんかすり替える音)」
「...。」
「よぉーし!!りょーちゃんかえろー!!?」
こいつはおそらく、見た目はJK(女子高生)、頭脳は小四なのだろう。どうしても日直をしたくないらしい。
「コーホー...。」
「どうしたの?」
「コーホー...。」
なんだかキョロキョロしている。霧島さんがよくする仕草だ。特に後ろ。まるでなにかに追われているかのような感じであたりを見回す。霧島さんが殺人犯だってことはないだろうけど、なにがあったのかは教えてくれない。
「よぉーし!!りょーちゃん、教室まで競争しよッ?」
「えー...。なんだよこんな朝っぱらから...。」
「いいじゃんいいじゃん!一番最後の奴が購買でパンおごりね!レディ、ゴーーー!!」
「あッ、ちょっと待て!!」
「コーホー...。」
さすがにおごるのはきつい。僕は全速力で走った。こいつといるといつも忙しい気がしてならない。
...今日はどんな一日になるのだろう。

「席に着けー。おい、河原。どうした?そんなにぜーぜーいって。」
「はぁ...はぁ...なんでも...ありません...。」
まさか霧島さんに抜かれるとは思わなかった。僕が全速力で走ったにも関わらず、霧島さんはそれよりも速い速度で僕を、果ては里美までも抜いてしまった。一体なんなんだ、霧島さんは。
「コーホー...。」
大丈夫?といってくれているのであろうか。首を傾げてこちらをみている。
「あぁ...大丈夫だよ。それより霧島さん、速いんだね...。」
「コーホー...。」
霧島さんはあれだけ速く走ったのに全然息をきらしていない。陸上部だったのだろうか。
「おーっと。そうだ。今日の生物の授業だが、実験室で行うそうだ。くれぐれも教室でのんびりと先生をまたないように。いいな?」
「「「はーい。」」」
先生の言葉で一喜一憂するものもいるが、僕が心配しているのは里美のことだ。最近の生物の授業は解剖を取り扱ったものとなっている。こいつがまた血なんかをなめたりすると僕みたいな犠牲者がでたりするかもしれない。幸い班は一緒なので、注意することはできるが、霧島さんとも一緒の班だ。これはまわりに気を配らないと。
「りょーちゃん...今日の解剖怖そうだね。」
「お、おう、そうだな...。」
僕は君が一番怖いです。クラス全員を血祭りに上げかねん。嗚呼、なんでこうもめんどうなことに――
トントン
「コーホー...。」
霧島さんが僕の肩を叩いた。
「どうしたの?」
「コーホー...。」
霧島さんが持っているのは数学の真っ白なページ。そういえば昨日は宿題があったな。
「やってないの?」
「コーホー...。」
見せるのは構わないが、このゴキブリが這いずり回っているような字が書かれているノートを見せていいものだろうか。自虐になるが、僕が授業の後にこれをみてもなにを書いたかなかなかわからないのだ。
パシッ
一瞬ビクっとした。霧島さんが僕の手を掴んだのだ。
「コーホー...。」
首を傾げてこちらをみている。まるで「だめ?」と言ってるかのように。
「ああ、わかったよ。ちょっと汚いけどどうぞ。」
ちょっとどころではない。そこに書かれているのは僕も読めないどこか違うところの言語だ。
「コーホー...。」
ごめんよ...霧島さん。たしか昨日の授業はラクガキもしていたと思う。いまさら消せないし、もうどうでもいいや。学校での僕は成績は少し悪く、授業態度もあまりよくない。クラスでは前の方にでるやつでもないし、そういう経験は一度もない。とにかくあまり学校に関心がないのだ。ただ、彼女でもできないかと思いながら学校にきている。まあ学校にきているというだけで彼女ができるわけもないのだが。
「コーホー...。」
「ん?もう終わったの?...というか読めないよね。無理もないや。」
「コーホー...。」
霧島さんは得意そうに書き終えたノートこちらに見せている。まさか...。
「...読めたの?」
「コーホー...。」
そんな馬鹿な...。この文字を解読できるのは家族ぐらいしかいないはず。里美でさえも少しわからないくらいだ。なぜ霧島さんがこの文字を読めるのだろう。
「なんで読めたの?」
「...。」
珍しく「コーホー」が聞こえない。なにか理由があるのだろうか。他人の筆跡を解読しすぎてどんな文字も読めるように...なんてことはないか。全く霧島さんは謎の存在だ。
「席についてください。数学の授業始めますよ。」
他に僕の文字が読める人...。父さんと母さん、妹とそれから里美。あとは...。
「きりーつ」
あとは...だめだ思い出せない。あと一人いたような気がする。ちっちゃいころの友達でいうと...長田は読めないし。ううむ...。
「河原君。早く立ちなさい。」
「え?あッ、すいません。」
「「「おねがいしまーす。」」」
どうにも思い出せない。本当に誰だったのか...。

そうこう考えているうちに数学が終わってしまった。結局のところわからずじまいだ。いまはそんなことよりも生物のことを考えなければ。とりあえず里美を連れて行かないと。
「里美。おい里美?」
「んぅ...。」
「起きろ。里美。」
「んぁ...?あぁ、りょうちゃん。」
「次生物だぞ。」
「そうだね。...って実験室で解剖じゃん!うわぁ...。」
「いいから。さっさとしないと遅れるぞ。」
「わかったよぅ...。」
どうやら結構怖がっているようだ。一番怖いのは自分なのに。実験室は僕たちがいる教室の向かいにある渡り廊下の先にある化学・生物棟だ。僕は里美と霧島さんをつれて実験室に向かった。実験室の前にいくと早速魚の生臭い匂いがした。僕と里美は顔をしかめたが、霧島さんは平気そうだ。まあ、ガスマスクしてるしね。実験室に入り、班の場所に座る。机には既に解剖する魚が置かれていた。これをみてわくわくするやつもいれば、顔を青くするやつもいる。僕は解剖すること自体はそんなに抵抗はないが、里美はこういうのは大嫌いだ。本人曰く、「血を見るのやだよぉ!」だそうな。血を舐めた時のお前とは打って変わって、普通のときは血は大の苦手らしい。

キーンコーンカーンコーン・・・

ついにチャイムが鳴ってしまった。あの頃みたいにならなきゃいいが。
「それでは魚の解剖を始めたいと思います。えーと、まずは魚のお腹を裂いて...。」
ここでおおかたの女子はうめき声をあげる。霧島さんはどうだろう。
「霧島さん平気?」
「コーホー...。」
両手を左右に振っている。少し苦手らしい。里美は案の定耳を押さえてガタガタ震えている。
「...で、解剖をしたあとは簡単なスケッチをしてください。内臓などが苦手な人は抽象的なものでも構いません。あくまで特徴などを明記してくれればこの授業の点数はあげましょう。それでは解剖を開始してください。」
いよいよ解剖が始まった。2人とも動こうとしないので僕が解剖することにした。その方が里美が狂(バーサ)戦士(ーカー)になって校舎を走り回ることもないし、霧島さんの無事も保証される。これで完璧だ。
「ふぅ...。終わった。」
「...内臓みないとダメ?」
「当たり前だろ。パッとみてささっとスケッチしちゃえばいいんだ。」
「あぁ...もう...。」
「コーホー...。」
霧島さんも少し嫌そうだ。まあ確かに魚の内臓なんぞを解剖して提出するなんていうことは僕でもしたくない。でも僕は成績がわるいので、ここらへんで稼いどかないとまずいことになる。こうして僕たちの班は渋々スケッチをすることとなった。

「...よし。里美、終わったか?」
「うん。できたよ!」
「どれどれ...。」

画 伯 現 る

元の魚の絵はまだしも、心臓がまん丸。コンパスでも使ってんじゃねぇかってくらいまん丸。そしてなにやら藻みたいななのが入っててグロテスクだった胃が......なんだろうこれ。手裏剣?......ああわかった。これ星だろ。
「この胃素敵でしょ?手裏剣をイメージしたの。」
予想外デス。どう考えてもひとつ足りないだろ。
「これは...ないだろ。」
「うるさいよ!しょうがないじゃん!」
「はぁ...まぁいいよ。霧島さんは描けた?」
「コーホー...。」
おお...。うますぎてグロテスク。内臓の光沢と血の量まで再現してやがる。そこに描かれているのは本当に「死んだ魚」だ。
「霧島さん、絵上手なんだね...。」
「コーホー...。」
足がはやくて、絵がうまい。果ては僕の描いた文字が読める...。ますます謎の存在だ。
「みなさんできましたか?出来た班は解剖した魚と道具を直してくださいね。」
さてと...。道具を片づけるかな。
「コーホー...。」
「ああ、やってくれるの?ありがとう。」
「コーホー...ッ!」
突然ガスマスクの中から普段聞こえない声を聞いた。まるでけがをしたような...。
「あぁ!小枝ちゃん大丈夫!?」
「コーホー...。」
「薬品とかついてないかな...ちょっとごめんね?」
まずい。里美が狂戦士(バーサーカー)になる。早く霧島さんを――
「うふふふ...お~いしぃ...。」
遅かった。こうなればもう里美から逃げ切るしかない。
「霧島さん!!こっち!」
「コーホー...。」
「き、君たち!まだ授業は...う、うわああああああああああああ!!」
なんだかうしろで先生の悲鳴も聞こえた気がするが、いまはそれどころではない。今回のターゲットは霧島さんだ。逃げ切るには霧島さんを匿うしかない。さもないと最悪喰われてしまう。血のにおいを消して、なおかつあいつが収まるまでどこかに隠れないと。
「霧島さん!どこか狭い教室なかった!?」
「コーホー...。」
霧島さんは3階へいく階段を指差している。たしか3階には薬品倉庫があったはずだ。そこに隠れよう。
「ああああぁぁぁ!どこなのぉ!?おいしいにおいは...あぁ・・あっちだぁ!」
人間とは思えない形相と叫び声・・・いや、雄たけびか。もう里美は里美じゃない。冗談抜きで殺される。
「まずい...。このままじゃ追いつかれそうだ...。」
「コーホー...。」
霧島さんが急に止まった。
「霧島さん?なにを...。」
霧島さんはそこにあった消火器の栓を抜いて、里美の方に噴射した。これでにおいがわからなくなるはずだ。
「あああぁぁぁ!!」
「コーホー...。」
「き、霧島さん!あっ!」
霧島さんに倉庫にひっぱられた。けがをしたとかどうこう言っている場合ではない。とにかく逃げないと。
「ああああ...。あれ...誰もいないよぉ...。どこにいったのオオオオォォォ!!」

里美が消火器にのたうちまわっている間に、僕たちはなんとか薬品倉庫に隠れることができた。しばらくすると里美は教室へなにもなかったように帰るだろう。しかしおそろしいな...。においだけで僕たちを追い掛けるなんて。まるでゾンビだ。
「はぁ...ごめんね?霧島さん...。」
「コーホー...。」
「話せばちょっと長くなるけど、俺が中学校のときに...う、うわっ!」

                                               < 後編につづく!! >