小説 『草原に佇む男と、小さな少女。』

夏のてのひら小説で書かれた作品を紹介します。 第1弾は、ペンネーム無しさんの掌編。味わい深い描写をお楽しみください。

 

『草原に佇む男と、小さな少女。』


地上から空まで遮るものなど一切なく、佇む男の少し乾燥した黒の瞳に映る月と星。
月は落ちてくると錯覚するほど大きく、また、星は黒塗りの空に見渡す限り、煌々と浮かび上がっていた。
口をぽかんと開けて空を見ている男の横には、星をその小さな掌で掴もうと飛び跳ねる小さな少女。
無理だとわかっている筈なのに、諦めない小さな少女を見て、男は言う。「そろそろ、諦めないのか?」と。
自分が期待する答えなど帰ってこないと知りつつも、それでも目の前の小さな少女に聞いてみる。
小さな少女は星に向かって伸ばしていた手を引っ込めて、こちらを見つめ一言「ええ、諦めないわ。だって私、こんな生き方しかできないもの」と、風でなびいた少女の身長の半分はあろうかという金の髪を右手で抑えながらくすりと笑いながら言った。
そのどこまでも青く澄んだ瞳を潤ませて、それでも気丈に笑う彼女を見て、これ以上何も言うまいと、男は目と口を閉じる。
小さな少女はそんな男を見て、またくすりと笑い、目を細めながら形のいい赤色の唇を動かす。
「──果ての無い草原に、月と星、それだけが、罪人である私の世界で、監獄。他には、なにもない。」
男はそれを聞いて、よりいっそう目を強く閉じ、そして閉じていた口を開いた。
「それは、間違いだ。」
え?と少女の口から声が漏れる。目を見開いた彼女を見ながら「──俺がいる。お前の監獄には、罪人のお前を監視するための、看守である、俺がいる」と、無表情で言った。
小さな少女は目に涙をためながら震えた声で「えぇ、そうね」と、優しげに微笑みながら自分に言い聞かせるように言った。
ねぇ、と少女は男に話しかける。
「私とあなたがもしこの監獄から抜け出せて、自由になっても──あなたは、私の側に居てくれる?」
男は閉じていた目をゆっくり開いて、微笑む。
「自由になるなんてことは万が一にもそんなことはありえないとは思うが──あぁ、俺は、君の看守だからな。そのときは、君が死ぬまで、最後まで見守らせてもらうさ」
彼女がゆっくりと目を閉じると、目にたまっていた涙が目から頬へと下に伝い落ちる。
落ちる水滴をぬぐいもせず、男に背を向けてと、と、と、と軽い足取りで歩く少女。
足取りをぴたっと止め、振り向く。

──小さな少女の背景には今にも落ちてきそうな大きい月と、満天の星

──どこまでも現実離れした幻想的なその光景

男はそれに目を奪われ、ただただ見ほれていた。
少女はそんな男を一瞥して、男と、自分に対して一言。

──なら、早くこんな監獄から抜け出して自由になりましょう──

そういって彼女は天を仰ぎ、光に向かって手を伸ばした。

                                                             〈 了 〉