小説 『ちょっと太鼓叩いてくる。』

 飽和珈琲さんの一編です。 これはもうブンガクしてますね、と感心する作品になっています。ちょっと読んでみてください。


『 ちょっと太鼓叩いてくる。 』  飽和珈琲

 

 ようようよう。今日はまたこんなさびれた店なんかに顔だしなさって。まあ俺の隣すわんなよ。今日はどうした?仕事帰りか。おまえ工業だからすぐ仕事で忙しいよな。俺?ああ、俺は大学楽しいよ。今日はどうしたってか。まあ太鼓の達人やってたな。ああ!?まだそんなモンやってんのかってか。うるせぇ。これが楽しみなんだよ。ドコドコ叩いてたのしいんだよ。おまえにはわからねぇだろうがな。

 いいか?太鼓の達人はな。あの置いてあるバチじゃだめなんだよ。まあ置いてあるバチでやるやつも結構いるが、俺は違う。俺は何かって?マイバチだよマイバチ。マイバチはいいぜ?置いてあるバチと違ってドコドコって音がしねぇからな。マイバチにはよ、種類がいっぱいあるんだ。大概のやつは先っぽが人を刺せるんじゃねぇかってくらいとがってる奴を使う。なんでも連打数が違うそうだ。

 おれはそんなみんなが使うようなもんは嫌いなんだよ。まあ本当は作ったり買ったりするのが面倒だからやんないんだけどな。俺はなにを使うかというと、太鼓の達人のゲームでタタコンっていうコントローラーがあるんだが、そいつのバチを使ってる。軽いしプラスチックだからな。すごく使いやすいんだ。あとポコポコっていう音がするからよ。なんか気持ちいいわけよ。

 で、だ。このポコポコするバチを持って太鼓すんのさ。これは俺の先輩から聞いた話だが、人間離れするぐらいに音ゲーを極めるとなんかもてるらしい。まあおれはそんなことのために太鼓の達人始めたわけじゃない。なんか楽しかったんだな。たたける曲が増えるたびにすごい楽しくなんのさ。友達にもたまに俺の腕前みせるんだが、みんなすごいすごいって言ってくれんのよ。そりゃもううれしいわけで。こんな俺でもすごいって言ってくれんのがなによりうれしいね。

 でもよ。長いこと太鼓やってると、なんかそれ以上のものを期待しちゃうんだよね。たとえば...「女の子にモテねぇかなぁ」とか。そりゃ友達からすげぇっていわれるのはうれしいけどさ。なんか飽きみたいなのがくるのさ。まあ音ゲーやってるだけでモテるんだったら苦労しないけどな。夢みすぎだバカってかんじで最近は一人で極めてる。

 そしたら、だ。俺が並んでる前によ。カップルで太鼓してんのさ。「ああ、ほほえましいなぁ」と思ったんだ。男も女もヘタクソでさ。太鼓の達人がこういうカップルの仲を深めてくれるなら、もうヘタクソでもなんでもいいやってなるんだよね。しかしだ。たまにこういうやつがいんだ。彼氏ひとりがプレイしてドコドコ叩いてんのさ。しかもおれよりうまいんでやんの。

 物事には限度ってやつがある。太鼓もそうだな。さすがになにをしてるかわからないような曲をすると人は引くんだ。俺はその彼女さんが引くと思ったんだ。そしたらさ、彼女さん何したと思う?

 ス  マ  ホ  を  い  じ  り  始  め  た

 これはきついわ。格闘ゲームにしろ音ゲーにしろ誰かに見せたいゲームってのは、相手が関心を持ってなきゃだめなんだ。プレイヤーは褒めてもらわないと伸びないし、なにより最高に空しい。彼女さんが無関心なもんだから彼氏さんが叩き終わって、
「なぁ。どうやった?」
 そう彼氏さんが聞くのさ。そしたら彼女さんはサッとスマホしまって、
「うん。上手やった。」
「へへへ。」
 幸せモンやね、彼は。スマホしまった時点で気付かなかったんだろうか。気づいてて笑ったならきつかったろうな。まあ知らぬが仏ってもんだなこういうもんは。

 俺は最高に「ざまぁみやがれ」って思ったね。見てもらいたかっただけじゃない、だって?いいや、あいつは運が悪かったからな。そこをざまぁみやがれって思ったのさ。そのあと俺がプレイする太鼓は......どことなく空しいものを感じたよ。俺は誰にも見てもらえないのかってね。

 さびしいやつだな、だと?ほっとけ!別に悔しくなんかねぇよ。おめぇは立派な彼女さんもちやがってよ。ん?今日の太鼓はどうだったかって?たいしたことねぇよ。ただよ、ひとついいことってか...なんて言ったらいいんだろうな。不思議なことがあったんだ。

 俺が太鼓で並んでたら前で家族みんなでドンドコ叩いてんのさ。「ああ、いいなぁ」って思ったんだ。家族でわいわいしてさ。あ?やっぱり悔しがってるって?うるせーなごちゃごちゃ...。まあその光景を眺めてたんだわ。で、俺の番がくんのよ。俺が鬼レベルのやつ叩いてたら、さっきの家族連れが見に来るんだわ。まあ俺にも多少のギャラリーが出来るぐらいの実力はあんのさ。でもよ、その家族連れは4人とかじゃなかったんだよ。12人だよ、12人。これは緊張どころの騒ぎじゃないわ。心臓がバックバックいってさ。まあでもここで太鼓裁きをみせとかねぇとドンだーとしてダメだなって思ったんだよ。

 で、俺の演奏が終わったのさ。そしたら家族連れみんなが俺に向かって拍手しやがんの。
おれちょっとミスっちゃったのにそれでも。なんていうかね。友達に褒められるのよりも最高にうれしかったわ。まあ恥ずかしかったけどね。太鼓やってて良かったって思う。

 お前も生きがいみつけたなってか?こんなもん生きがいにしてちゃ社会いきてけねぇよ。たださ、世の中に必要とされるっていうか、俺自身を認識してもらえるように俺もがんばらなくちゃなって思う。...うるせぇよ、俺だって進路ぐらい考えてら。

 あーあ。なんか疲れたわ。おい、今日ぐらいおごってくれよ。なんでって?いい話してやったじゃねぇか!どうせ仕事忙しくてお金使う暇がないような奴なんだろ?ちっとぐらいおごれや。...半額なら、か。まあいいや。ゴチになりまーす。

 さて、会計して帰るわ。帰ったらなにするかってか?いや、帰る前にちょっと寄り道するわ。

 ちょっとそこのゲーセンにね。

                          END