小説 『Birthdays Cross』 後編

前編からお読みください。

 

『 Birthdays Cross 』 後編   旗本

 

***
「おはよう」
「おはよう、兄貴。飯はもう置いてるから」
「わかった」
弟は既に朝食も終えているようである。両親がいないとはいえ、パンやカレーなどを大量に作って行ってくれたので、食料には困っていない。
「じゃ、行ってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
弟は俺とは違う学校に通っていて、通学方法も電車だ。よって、俺よりも朝は早い。
そういうこともあって、余計に話す機会は減るのだが、今日に限っては好都合だった。
「へへへ、首を洗って待ってろよ...」
用法が違う、とツッコミを入れる人間は、ここにはいなかった。

***

「芦原、芦原。そういえばお前は何かプレゼントとか用意してるのか?」
「え?あぁ、やっぱりそういう流れだったんだ...」
「え?」
「いや、ね。特に何も言われなかったから僕は行かない方がいいのかなって。あ、もちろんプレゼントは用意したけどね。何となく必要になる気がしたから。お菓子だけど。」
そう言って芦原が取り出したのは500円くらいのお菓子だった。多分昨日の帰りにデパートで買ったんだろうな。
「あれ?言ってなかったっけ」
「全く。」
「あ、なんかごめん...」
「別にいつものことだしいいよ。それに、君の弟にも久しぶりに会いたいしねぇ」
「いつものこととはなんだ...って思って思い返してみればホントにいつものことだったな」
「うん」
遊びに誘ったはいいけど場所決め忘れてたり。何するかも決めて無かったり。
野球しようぜ!って言って芦原以外誘うの忘れてたり。
ちなみに、そのいづれも芦原が助けてくれたのだが。
何気に芦原って凄くないか?勉強も運動も微妙だけど。
「とりあえず、放課後はもうそのまま家に来ればいいよ。実はもうお菓子とか俺の机に隠してあるからな」
「へぇ、僕も手伝った方がいいんだよね」
「その為に呼んだんだしな!」
「潔いね。」
「褒めるなよ」
「照れるなよ」
微妙に殺伐とした空気のまま、この休み時間は終わりを迎えた。1

***
「しかし、よかったねぇ、弟くんが先に帰ってなくて。」
リビングの飾り付けを進めながら芦原は言った。今は紙で作ったリングを壁に貼っているところだ。
「あぁ、今日は帰るのが遅めなんだ。あらかじめ聞いてた」
「珍しいね、君がちゃんと下準備をするなんて...」
芦原は驚いているが、それだけ本気だということだ。弟はこの日は補講があってちょっと遅れるのだとか。
流石に誕生日2日前にフライングしてお祝いされるなんて、夢にも思うまい。
これでいいのだ。
「まぁ、当日だと被るしね」
「え?何が?」
「え?」

え?

「...まぁ、今は気にする事じゃないよ。」
「そうなのか?まぁ、今はこっちに専念だな」
「と言ってももう終わるけどね」
芦原の言ったとおり、作業は既にほぼ終了していて、あとはお菓子をセッティングして終わりである。弟が帰ってくるまでには、まだまだ時間があった。
「せっかくだし、ゲームでもしない?」
「俺あんまり知らねえぞ」
「まぁ、たぶん僕が教えてあげられる」
「そうなのか」
どうやら暇になる心配はなさそうだった。

***
「もういい...もういいんだ...」
「あはは、なんかごめんね」
俺の友達はゲーム好きだったようだ。幸い、芦原にも分かるゲームがあったらしく、何度か弟とやったこともある対戦ゲームをプレイしたのだが...
「勝てない」
「まぁまぁ」
芦原が強すぎて話にならない。ホントに勝負にならない。まぁ、俺が下手なせいもあるのだが...、
「よし、ぷよぷよだ。ぷよぷよなら負けんぞ。5連鎖までできるから」
「へぇ、面白そうだね。」
...
......
.........
「何だよ...お前なんだよ...7連鎖とか知らねえよ...」
「あはは、ごめんね」
今思った。こいつはイヤな奴だ。俺を弄んで遊んでいるのだ。これだからゲームという奴は。あぁ、畜生。弟はもっと手を抜いてくれ...といっても手を抜かれるのも嫌いなので、やはり俺にゲームは向いてないんだろう。
「とりあえず、ちょっとジュース持ってくる」
「え?まだ弟くん帰ってきてないんじゃないの?」
「飲まなきゃやってられるか...!」
「そんなおっさんみたいな」
余裕のある微笑を浮かべたままの芦原を尻目に、リビングの冷蔵庫を開き、2リットルのスプライトを開ける。
別にスプライトを開けたところで、ジュースはまだまだあるのだ。
コップ一杯のスプライトを一気に飲み干す。
炭酸でむせた。痛い。
「何やってんの?」
弟がいた。帰って来たのに全く気づいてなかった。何故、どうして、と戸惑いながら時計を見ていると、短針はすでに7と8の間を指していた。
「え、えぇと...芦原ー!芦原ー!」
「えぇ?」
「呼んだ―?って...」
「...」
「...」
「お...」
「お?」
「「お誕生日おめでとーーー!!」」
「お誕生日今日じゃねぇよ」
冷えた顔でもっともなツッコミを入れずにはいられない様子の弟だった。

***
外はすっかり暗くなり、乾いた秋の涼しい風が部屋中に浸透していくのが分かった。
爽やかな秋風。快適な環境。
あぁ、世界はこんなにも優しいのである。
しかし、今の状況はどうだ。爽やかな風とねっとりとした重苦しい雰囲気を同時に感じるという非常に珍しい事になっている。
弟の機嫌が悪い。
「...」
「いや、だってよ?ちょっとくらいずれたっていいじゃん?なんか普通にやるのも嫌だったかし...」
「まぁ、サプライズには...ならなかった?」
先ほど事情説明を終えたのだが、どうにも弟が苦い顔を崩さない。
弟は祝われるのが嫌だなんて言うようなひねくれた人間では断じてないし...
原因が分からないのだ。
「なぁ、急にやったのは悪かった...けどよ、せっかくこうやってお祝いしてんだし、ここは大人しく祝われとけって、な?」
「うんうん、僕らはただ単純に君をお祝いしたいだけなんだ」
「そう...だね、ありがとう。祝ってくれるのは本当に嬉しい。」
「じゃあなんで機嫌悪いんだ?」
「ちょ、その聴き方は無いよ」
「あぁ、いいんです芦原さん。別に機嫌悪いんじゃないんです」
「へ?」
「あぁ...もしかして...君からも何かあったの?」
「その予定だったんですがねぇ...」
「理解したよ。ごめんね。でもホラ、そこは年長者の矜持というか、ね?」
「?  ?」
完全に会話についていけない俺をほっぽって、二人は勝手に和解していい雰囲気になっている。
「おいおい、そんなことされたら、これを出さずにはいられないじゃないか」
「これは?」
「誕生日プレゼントだよ。...お誕生日おめでとう」
「僕からも、一応。あまりいいものじゃないけど」
「ふたりとも用意してくれてたんですか...なんか、ありがとうございます...」
「へへへ、まぁ開けてくれよ」
「結構大きいね...って、アレ?」
「何かあったの?」
「この包装...いや気のせいだよな流石に。何でもないです」
「早く早く!」
「云われなくても...」
弟がラッピングを解き、丸い青クッションがその姿を現す。
そして、弟は何故かそのまま硬直してしまった。
「...どうした?」
「ぷっ」
あははははは!
笑い声が部屋に響く。俺も芦原も戸惑いを隠せず、ただ弟の腹を抱えて笑っているのをしばらく眺めていた。
そして、落ち着いた弟は、
「あぁ、おかしい。兄貴、コレ買ったんだね。クッ」
未だに笑みを抑えきれず、笑っている弟。俺は当然頭に?が浮かんだままだ。
「実はね、俺からも贈り物があるんだよ」
「え?なんで?お前の誕生日だぞ?」
「え?」
「えっ?」
「まぁ、弟くん。持ってくればいい話だよ」
「え、えぇ、そうですね、そうします」
さっぱり話が見えず、さっきからずっと混乱しているのだが、二人は状況を把握しているようで、何故だか凄く悔しくなった。
「こらこら、君も祝ってもらうんだからそんな顔しない」
「はい?」
祝う?何で俺が祝われてんの?
「はい、兄貴」
そうこうしているうちに、弟がある物を抱えてやってきた。それは...なんだか見覚えのある包装だった。
ん?...んん?
「はい、ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう、兄貴」
「お誕生日おめでとう。晴樹」
そういえば。
双子の兄弟なんだから、誕生日が違っている筈もなかった。
双子の兄、飯島(いいじま)春樹(はるき)もまた、祝われる側だったのだ。
***

「俺って馬鹿じゃん、すっげぇ馬鹿じゃん...」
「うん、流石にコレは馬鹿だね」
「馬鹿とかそういうレベルじゃないと思う」
「お前らぁ...!」
どうやら気づいていなかったのは俺だけだったようで、二人から非難の言葉を浴び。
さんざんに馬鹿にされ。
「とりあえず、コレ開けなよ。」
弟に言われるまで忘れさっていたプレゼントに目を向けると、芦原が弟に耳打ちをする。
「もしかして...」
「...そうですよ。察しがいいですね」
けらけらと笑いながら弟が答え、俺は一人状況がつかめない。何かこの流れ定着してないか。こいつら一緒にしてて大丈夫なのか、俺。
とにかく、弟と同じように、ラッピングを解き、中身をとりだす。
すると、そこには。
「ぷッ...あーっはっはっはっはっは!」
「おかしいよねホント。兄弟そろって同じ店で同じの買ってるなんて。示し合わせもしてないのにね」
赤色の、円形のクッションを持って、笑い転げた俺は、ちょっとだけ、神様っているのかなぁ、とか思ってしまったのだった。

***
「状況を整理すると、弟くんはたぶん僕らがあの雑貨屋に来るちょっと前にあのクッションを買っていたわけだね」
「そういうことになりますね。僕、結構歩くのが好きで、行動範囲はそこそこに広かったので...兄貴がもし俺に何か用意してくれた時に被らないようにって思ったんですけど...」
ひとしきり笑った後、3人であらかじめ買っておいた総菜やお菓子をつまみながら雑談していると、不意にそのことが話題に上がった。
「それにしても意外だなぁ。僕は君のお兄さんから兄弟仲は悪くない筈なのに全然喋れない、とかなんとか聞いていたんだけど」
「あはは...それは間違いではないですけどね」
「うん、でも俺、お前にはあんまり好かれてないと思ってたぞ」
「え?嘘...」
「いやいやいや、嘘も何も、お前から話しかけてくることなんてほとんどないじゃないか」
「あー...それは...その...」
「確かに、それだと好意は伝わり辛いね」
「なんか...恥ずかしくなっちゃって...」
「お前は初恋した小学生か」
これには芦原も苦笑いである。弟ってこんなやつだったっけ...?
「でも、今まで何もなかったし、今年こそは...喋れるようになろうと思って...」
「準備してたら肩すかしくらった、と」
「まぁ...そういうことになりますかね...」
「確かに、祝おうと思って準備してたら何かまだ誕生日でもないのにフライングで逆にこっちが祝われたりしたらビックリするよねぇ」
...何というか、ホントに...事実は小説よりも奇なりというか。
とりあえず、弟には嫌われてなかった、ってことで、いいのだろうか。
俺も弟も、お互いに距離をはかりかねていたみたいで。
色々とあったけれど、これが二人にとっても、一歩踏み出すきっかけとなったのは、間違いではないようだった。

そうして、双子の兄弟、飯島晴樹と飯島真樹(まさき)は、少し早めの誕生日を満喫したのだった。

***
後日譚、というか、おまけというか、今回のオチ。

 あれから、弟と僕はそれなりに話す様になった。
一緒に遊ぶ機会も増えたし、以前のように話しかけづらい雰囲気になってしまうようなことも無くなった。
 だが。
「まさかあの状況でポイズンアヌビスが突破されるとは」
「たまたまメガブーメランが来たからね。まぁ、これは運が良かっただけだよ。」
「先輩、アクアクロス軸なのにメガブーメラン入れてたんですか...」
「トマホーククロスは緊急回避に使えるから...アンチシナジーでもつい入れちゃうんだ」
 芦原がいつの間にか俺の弟と物凄く仲良くなっていやがる。こうしてよくウチに来てゲームをする様になった。リビング占領である。
 今も俺を蚊帳の外にして、二人でゲームしたあとなんだかよく分からない会話を繰り広げている。
 何となく、弟をとられた気分である。
 「俺も始めようかな...」
 「あ、ごめんよ晴樹。」
 「忘れてた」
 「あはは...」
 乾いた笑いとともに、うなだれつつ赤いクッションを抱きしめる。
 いい加減ゲームより外でたくさん遊びたいのだ。だが、二人はインドア派のようで...
 なかなかうまくはいかず、少しずつ機嫌が悪くなっていく感覚を覚えた。
 「なぁ、兄貴」
 「んー?」
 「あのさ、たまには俺も、外で遊んでみたいな、って」
 「...」
 「...あ、ほ、ほら!最近つきあわせてばっかりだったから!...なんて言うか...」
 「まぁ、僕も最近動いてないしねぇ」
 「...よし!」
 「兄貴?」
 「野球やろうぜ!」
 「3人で!?」
 「いいから外行くんだ!もううずうずしてたまらん!」
 弟と芦原の手を掴んで立ち上がると、二人とも、微妙な笑みを顔に浮かべて、
 「野球はともかく、普通にキャッチボールするくらいから始めた方がいいんでないかな」
 「兄貴、俺は運動苦手なんだって...」
 「分かった!野球だな!」
 「聞いてよ」
 聞かない、聞けない、聞く気が無い。
 今までさんざんげんなりさせてくれた分の清算を済ませなければならないのだ。
 俺達は、そう言う風にできているのだし。
 ここで釣りあいをとってやるのだ。
 勇み足で外にでると、澄んだ秋光が、家々の隙間から漏れだして、とても爽やかだった。

 

                                               < おわり >