小説 『Birthdays Cross』 前編

てのひら小説参加作品。 旗本さんの作品です。前後編に分けてお送りします。

『 Birthdays Cross 』 前編   旗本

俺には双子の弟がいる。
何というか、よくわからない奴だ。
外には出ないし口数は多くないし、体つきも、部活でそこそこに筋肉をつけている俺とは対照的にひょろっとしたもやしみたいな物だし、肌だって俺よりずっと白い。
何を考えているのかよく分からないし、あまり言葉を交わすこともない。
昔、家族旅行に行った時だって、そういう弟との関係を気にしたらしい親が部屋を二つに分け、そのうちの一つに僕らをぶち込んだのだが、何を話したらいいのかよく分からなくって、ぎくしゃくした雰囲気のままに夕飯、風呂、就寝と時間が過ぎてしまい、旅行自体は充実したものであったが、なんとも微妙な気持ちで帰路につくこととなったのである。

そんな微妙につき合いづらい弟ではあるのだが、(別に俺はこいつが嫌いっていうことは全く無い。
何だかんだで細かいところに気がつくし、さりげない気遣いもできる奴だし、俺の知らないこともたくさん知っている。
極まれに一緒にやるゲームでも、弟はなかなかにやり込んでいるみたいであるのに、俺に合わせてうまいこと拮抗している様に見せかける。
実際、友達に言われるまで気づかなかったのだし。これが俗に言う「せったいぷれー」ってやつなんだろう。
まぁ、そんなこともあって、旅行での一件以来、俺はその弟ともう少し仲良くなれれば、と考えていたのだが、そのチャンスは案外早くに訪れた。

誕生日だ。
1週間もすれば、弟は誕生日を迎えるのである。何故だか知らないが、弟は率先して人と関わろうとはしない。こう言うとなんだか協調性のない人間みたいに見えるが実際にはそんなことはなく、行事には普通に参加するし、話しかけられれば普通に話もする。
ただ、自分からは基本的に行動を起こさない。それが俺から見た弟の他人に対する基本的なスタンスだった。だからこそ、俺もあんまり話したことが無かった訳で...
「そんな弟と仲良くなるには、まずプレゼントを渡すことから始めればいいと思うんだ」
「すごく唐突だね」
秋じめりで冷えた空気の中、芦原は困ったような顔をして言葉を返した。
芦原は俺のこういう話を何でも聞いてくれる数少ない友人で、とてもいいやつだ。
いいやつで...うん、いいやつだ。
お前明らかにスポーツやってるだろって顔してる割には特に何かできるわけでもなく、勉強は中の上、別段すごい趣味とか持ってるわけでもない。けど、なんとなくそばに居てたのしい。
そんなやつだ。
「とりあえず、確かにあの子はよく分かんないもんねぇ」
ちなみに、弟と俺は違う学校に通っている。あいつは勉強ができるから、中学受験をして違う学校へ行ったのだ。すれ違いが多いのもきっとそのせいだ。
「で、プレゼントを渡して、そこを起点に仲良くなっていこう、と。」
「ご明察。というわけで、何か案をくれ。高いのは無しで。」
「んー、まぁまず考えつくのは、彼の趣味に沿ったものとか、嗜好品だよね」
「...」
「僕もそんな喋ったことないし、まぁインドア派っぽい感じではあったよね...って、どうしたの?」
「分からん」
「へ?」
「アイツの好み、全然分からん」
「えぇ...兄弟なんだよね?それも双子の。」
「そう言われても、分からんもんは分からん」
そうなのだ。弟は俺が家に帰ってもたいてい出かけるかゲームしているかで...唯一分かりそうなゲームに関しても俺には知識がいまいち足りない。
ソフトを買うにも何が欲しいのか分からないし、何より高い。俺のお小遣いにゲームを余分に買うだけの余裕など、無い。
「無難なところだと、日めくりカレンダーとか、目覚まし時計とか...」
「カレンダーはあるし、アイツ早起きだからなぁ」
「そっか...あとは...クッションとか?」
「クッション?クッションか...いいな、それ採用で」
「あっさりしてるね」
そんなに金かからんし、はずれはなさそうだし。
「まぁ確かに悪くは無いと思うよ。あって困るもんじゃないしね」
「うんうん...で、だ」
「ん?」
「クッションってどこで売ってんの?」
「え?この辺だと...あれ、どこだろ...」
「デパートとかにあんのか?」
「あるとしても、高そうだね」
「あ、そうだ、雑貨屋さんならあるだろ、何かしら。たぶんだけど。よし、帰りに寄ってこうぜ」
「え?僕も?」
「もちろん。お前の感性はあてになるからな」
「買いかぶりだよぉ」
「まぁまぁ、どうせ暇だろ?ちょっとくらいつき合ってくれよ」
「ううん、まぁ暇ではあるけど...まぁいいか」
何とか芦原を籠絡(?)することに成功したようだ。正直僕だけだとどうなるか分からない。
「俺、雑貨屋の場所とか知らないし、助かったよ」
「え?僕も知らないけど?」
「え?」
「えっ?」
えっ。

芦原が
いようがいまいが
一緒じゃん。

          俺、心の一句。
***
「はぁ...見つからんなぁ」
「そうだねぇ」
あの後、時間はある訳だし折角だから雑貨屋さん探しをしよう、という結論に至った俺達は、一旦家に帰った後、荷物を置いて集合し、そのまま出かけたのだった。ちなみに、家に弟はいなかった。
自宅周辺には雑貨屋が存在しないことは分かりきっているので、今回は思い切って隣町に出かけてみたのだが...
「ここどこだっけ...」
「んーと、一応この通り抜けたらもうこの町通過しちゃうっぽいね」
わけもわからず歩けばこのざまである。芦原がいなければ帰り道も分からなかったであろう。さっきの川柳は撤回である。芦原がいないとだめだった。
それにしてもかれこれもう3時間程は歩いている気がしているのだが、
「まだ歩きはじめて1時間とちょっとだよ」
ええい、思考を読むな!気持ち悪い!
それだけ歩いてもそれらしい店は見当たらない。
「結構な距離だねぇ。帰りは電車の方がいいね、これだと」
「かなぁ。あー、余計な金使いたくねぇな」
「でも流石に歩いて帰ると遅くなるよ」
「あー、確かに。」
現在の時刻は5時30分である。まだ日は明るく、秋の雲がゆらゆらと漂っている。これから雑貨屋を探し、歩いて帰ったのでは確実に7時を回るだろう。
そうなると両親に大目玉を食らうので、それはぜひとも避けたいところだった。
「流石にこの時間じゃ鈴虫も鳴かないね」
「そりゃあ、日が暮れてからだもんな、アイツらがうるさくなるのは」
「でも、それはそれで風情があると思わない?」
「いや、全く」
「あはは、まぁ、人それぞれだよね」
俺は虫が好きじゃないし、風情だの風流だのといった物のよさは全く分からない。芦原にはそういったものの良さが分かるのだろう。
そういえば、弟はこういうの好きなのだろうか。
「何となくだけど、アイツとお前、タイプ一緒な気がするんだよなぁ」
「そう?」
「あぁ。何となく、何となくだけどな?」
「あぁー...、まぁ確かに僕もゲームとかはやるけどさ...」
「何だ?不服か?」
「いや、君の弟くんは、話を聞く限りあんまり人と接して無さそうだから」
「まぁそうだね」
「僕は君とたくさん接してるでしょう?」
「あぁ、要するに友達多いぞ―ってか」
「そういうこと」
そうですか。
「あ」
「どうした?」
「ほら、アレ」
芦原が指で示した先にあったのは、小さな...小屋?なんとも形容のしがたい、小奇麗な外装の店があった。街角の高い屋根に光を遮られて、若干暗い印象を持つそれは、一目見ただけでは雑貨屋さんには見えないだろう。
せいぜいが骨董屋である。
特にこの見るからに重厚な雰囲気を放つドアを見て「あ、これは雑貨屋さんだぞ!」なんて思う人は、滅多にいないことだろう。もしいたら、腹おどりしてやったっていい。
絶対にいない。
「アレ、雑貨屋?」
「うん、たぶん。ほら、そこの窓見てみなよ」
「どれどれ...おぉ」
なるほど言われてみれば、店内からの暖かい光がわずかに漏れだしている窓の中には、小物やらアンティークやらお菓子やらが並べられているのが分かった。
どうやらやっと当たりを引いたらしい。
「よし、吶喊だ」
「普通に入ろうね」
ノリが悪いのはダメだぞ、芦原。

***
「クッション、クッション...あ、これなんかどうだ」
「へぇ、青いクッションかぁ。円形だね。中身は綿、と。いいんじゃないかなぁ。あの子、何色が好きなのか知らないけど」
「きっと青だぜ。俺が赤色好きだし」
「意味が分からないね」
店内に入ってみると、思ったよりも奥にスペースが広く取られている様で、品物は素人目に見てもなかなかに重充実しているようだった。少し薄暗いともとれる微妙な明かりがなんとも言えない。
「他にもホラ、前にゲームやってた時も青いキャラクター使ってたし」
「へぇ、何のゲーム?」
「...メガマン...だっけか...」
「海外版!?しかもそれ青いキャラしか使えないよ!?」
「え、そうだったのかでもクッションってこれしか置いてないっぽいんだけど」
「そうなの?」
「あぁ、ごめんね。ホントは赤と青の二色あったんだけど、ついさっき売り切れちゃってね」
二人で弟へのプレゼントを探していると、レジ近くに居た店員さんがいつの間にかこちらの近くにまで来ていて、声をかけてきた。
「うわぁ、びっくりした。そうなんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。何でも誕生日プレゼントらしくてね。古島町からわざわざこんなところまで来るなんて、物好きもいたもんだねぇ。」
「え?古島町?」
「うん、そうだけど」
「これは驚いた。俺らも古島町なんですよ」
「そうなんだ。奇遇だねぇ」
「まぁ、俺らは俺らでこれを買うだけだけどな!赤は俺が好きなだけだし!別に問題は無い!」
「ラッピング、お願いできますか?」
「はいはい、お安い御用」

クッションをラッピングしてもらい、購入完了。お値段なんと1800円。
良い買い物ができたと思う。
「こうやって触ると気持ちいいな」
「こらこら、贈り物何だからあんまり触っちゃだめでしょ」
「おっとと、そうだそうだ。あー、これ俺が欲しいくらいだな...もう一個買おうか」
「お金ないでしょ」
「ぐうの音もでねぇや」
何はともあれ、これで準備は整った。あとは機を待つのみである。
「へへへ、楽しみだぜ、アイツ、喜ぶかな」
「喜ぶ喜ぶ、兄弟からのプレゼントなんだし、別に仲が悪い訳じゃないんでしょ?」
「まぁな」
「じゃあ大丈夫だよ。仲良くなれるといいね」
「おう、そしたらお前にもちゃんと紹介してやるさ」
「ははは、よろしくね」
今日はそのまま電車に乗って、家に帰った。
家に帰ると弟も帰っていたが、相変わらず、言葉を交わすことはできなかったのであった。

***
「両親が弟の誕生日まで帰ってこなくなった」
「...はいぃ?」
流石の芦原もこれには驚いたらしく、箸でつかんだ卵焼きを落としてしまったことに後から気付いて、慌てて拾ったが、すでに床のゴミが付着していたらしく、泣く泣くティッシュにくるんでゴミ箱へ捨てた。
「これまた急な話だねぇ」
「まぁ、うちの両親だしな。でも問題はそこじゃない」
「あぁ、うん...まぁだいたい分かるけどさ」
ちなみに弟の誕生日の日付は10月8日。今の日付は...
「あと3日間、弟と二人なんて気まずいにも程がある」
3日、3日である。短いようで、意外と長い。
その間、家に居る間はずっと、あんな空気のままだなんて、俺には耐えられそうもない。
「んー、何とか一緒に時間つぶしはできないの?」
「俺はあんまゲーム好きじゃないし、逆に弟は跳んだり跳ねたりは好きじゃない」
「あぁー...じゃあ、一緒にどこかへ出かけるとか」
「男二人でか?冗談じゃない。だいたい行く場所も思いつかん」
「ですよねー...」
「まぁ、打開策はもう考えてあるんだ」
「へぇ、聞いてもいいのかい?」
「誕生日...前倒しだッ!」
「......えぇー...」
こうして、予定より2日早いお誕生祝いが行われることが決定した。

 

                              < 後編につづく >