第一回今宮高校400文学賞

2年生国語表現Ⅰの授業では、字数の少ない「800字小説」を書きました。

どれも力作揃い。そのなかから、「第一回今宮高校400文学賞」を決定しました。

「400」は、授業教室の番号です。選考委員会は、執筆者全員。つまり、互選で。

栄えある受賞作品2編を紹介します。

 「ある猛暑の日の蛙侍」   ピカそ

 この日は異様なまでに暑かった。都会ほどではないにせよ、裏の林の油蝉の大合唱が例年にないこの猛暑を強調している。とうとう人間である主だけでなく、その式神として使役を強いられている妖怪達も参ってしまった。全ての引戸が開放されているが、嘲笑うがごとく入ってくるのは生暖かい空気と湿気、そして蝉の歌声だけである。

 しかし、中庭に面した廊下の板は冷気を含んでいた。影が落ちており、薄暗く、垢と時代を染み込ませた廊下の板の上を、それは歩いていた。大人の中指ほどの丈があり、しっかりとまげを結い、整えられた袴姿には清潔感がある。だが、それは武士の姿をした雨蛙であった。二本足を交互に動かし、暑そうに目を細めて、それは呟く。

「ああ、泳ぎたいでござる」

 森の奥、山の奥、透明な水が流れる場所へ行きたい。しかし今はただの小さな妖怪だ。できる事と言えば、主の前で踊ることくらいだ。溜息をついた時、大きな影が目の前を横切った。黒猫は日がまだ届いていない中庭のどこかへ、二つに割れた尾をだらりと下げて去っていった。彼も辛いのでござろう、と呟くと、蛙侍は歩みを止め、ぼうっと空を見上げた。梅雨の時期は良かったと思いながら。

 急に、大きな振動が床板を通して伝わる。何事かと思い、蛙侍が振りかえると、目の前にコトンと何かが置かれた。向こう側の風景が水滴と相俟(あいま)って、滑稽なほど歪んでいる。体に纏わる熱気を、それが放つ冷気が相殺してくれた。

「アイス買ったついでだよ」

 はるか上から声が聞こえたかと思うと、宿題で忙しい主は来た時と同じように振動を生みながら、少し離れた自室まで戻っていった。

 思わぬ主の計らいに呆然としていたが、すぐに蛙侍は頭を下げると、大きな弧を描いて冷たく透明な水の中へと飛び込んだ。       (2011.5)


「電車」   maco

 ウチはすごく朝が嫌い。起きて布団から出るのもイヤだし、化粧もするのもめんどくさい。そして、何より、人が山ほど乗っている電車が嫌い。朝からきゅう屈な思いをして気分は最高に下がる。

 今日も電車に乗らなければと思って重い足を引きずって家を出る。髪はバサバサ、ノーメイク、やる気すら出ない。だるそうに乗ってやっとみつけた空いた席にすわると横にすわっていた男の子がすごくカッコよかった。

 ウチは思った。「明日は、ちゃんと化粧して髪もといで、またこの時間にこの電車に乗ろう。」きゅう屈な電車も悪いもんではないなぁと、すこし朝が好きになった日だった。       (2011.5)