てのひらの小説 『オールドワールド』(下) 幌月

『オールドワールド』 (下 3/3)   幌月

 ※ (上)(中)を先にお読みください。 ※

 

◇◆◇

地方大会が開始された。
相手校は今でも活発に野球が続けられているなかなかの中堅校で、メンバーはベンチ含め20人近くいた。
一方こちらは投手は私一人、内野も外野も一人ずつ。
交代は許されない、代打もいない。だけど、...

「まずは一勝もらうぞ!絶対だ!」

メンバー全員の勝利への気迫だけは、強豪校のもので、20人は軽く超えるものであったのは確かだ。

1回表、先攻の私たち重力ナイン。トップバッターは錠子。
「へっ...なんだ、こんな女ばっかのチーム。よく出られたな」
「あら、女だからってリードに手加減はいらないわよキャッチャーさん」
「何っ...?!」

錠子...ささやき戦術にささやきで返していた...。

初球に直球、錠子はしっかり引っ張って

球は 場外へ飛んでった。

「手加減はしないでって言ったでしょう?」
いつもニコニコしている錠子がそのときだけまるで黄泉帰りの使い魔のように見えた。

先頭打者ホームランによって相手チームにも少し焦りの色が見えた。
勝てる。この気迫を9回まで持っていけるのなら...。

(ビュッ)

二番バッターはクラスト。
彼のバントは練習時見ていてもなかなか上手いものであった。

(コツンッ...)

やはりでたセーフティバント。
彼は練習時に打つのはあまり得意ではないと言っていたが
ヒットに相応するぐらいにセーフティバントが得意であった。

「ファースト!!」
キャッチャーの投げた球はファーストのグローブにおさまった

「アウトー!」
「っ!」

...クラストはうまくベースを踏めてなかった。
きっとセーフティバントをしたあとのスタートダッシュが上手くできなかったためだろう。

「ごめん...」
「どんまい!」

クラストはしょんぼりとベンチに帰ってきた。
得意のセーフティバントを失敗して落ち込むのは仕方ない。
そして3番、ショートアウト。ここから相手チームも本気を出してくるだろう。
今まで無名だった私たち。相手も全然データがないことだ。
それがかえって有利にでている。

(ビュッ)

(ズバァッ)

「ストラーイク!!」

「初球打たれてさらに次にセーフティバントまでされてるのに相手はまだストライクを入れてくるか。
なかなか勇者じゃないか」

(ビュッ)

(バシィッ)

ツーツーカウント。ショートアウトもなかなか球を選んでいる。
相手の変化球のキレはいい、最初の錠子のようにうまく真芯にとらえるのは難しそうだ。

次の球...

(カーンッ!!)

流し方向に飛んでいく球はライトが上手く捕らえた。

「あはは...ごめんね、ちょっとパワーが足りなかった」
「いいさ、これで相手も持ち球が少しはわかった」

2アウト、ここで4番。
もちろん4番はキャッチャー、レジスタンスだ。
第1球、様子見の球はストレート。
第2球はスライダー。すぐにカウントは埋まり追い込まれた。

「...」

レジスタンスの両目は帽子の影に隠れていたがわずかに闘志を思わせる眼光が見えた。

―ボール!

集中している。

(カァン!)

―ファール!

次からのイニングのためにも、相手の持ち球を多く出させる指名を背負っている。

―ファール!

投手の体力を少しでも削ってみんなの負担を削ろうとしている。

―ボール!

 がんばれ レジスタンス !


(カーン!)


レジスタンスの長打はレフトフライという結果になった。

チェンジ。ここからは私が皆を援護する番だ。

「...打点入れられたら承知しないからな」
「ほー、じゃぁサードにゴロを打たせようか?あんたのエラーを無様に見てあげてもいいけど」
「フッ、言ってろ」


相手のトップバッター。
「(恐らく...グラビティーに球数を多く投げさせて球種を探ってくるだろう。)」

レジスタンスのサインをしっかりとらえ、私は足を大きく振り上げ第一球を投げた。
大会初の球は直球。
投げてわかった。学校のグラウンドで投げるよりもキャッチャーミットが遠く感じる。
これが...大会なのか、これが野球なのか。

私は緊張と比例して楽しいという気持ちも湧き上がってきた。
第ニ球は内角低めに直球。これで相手を追い込んだ。

そのまま打者を三振にとらえ、1イニングが終了した。

2回、3回、4回、...お互いに点を許さない戦いが続いた。
1-0、このまま行けば勝てる、勝てるんだ。

ことは8回裏。
私の体力もそろそろ限界のようだ。
キャッチャーミットが薄らと、遠く、段々と見えなくなってくる。
フォアボールを出した。

そのとき


―パ タ ン 。

 

後ろでかまえていた錠子が倒れた。


「錠子!!...タイム!」

みんなは慌てて錠子の周りに集まった。
「大丈夫か...!!」
反応はない、錠子は既に機能が停止していた。
一体どういうことだ...私は目の前が真っ暗になり微かにみんなが錠子を心配する声だけが聞こえる。
錠子は一体どうしたっていうんだ...?

ベンチのいない私たちは結局そこで試合を棄権した。

「...電池パックの寿命だ」

レジスタンスがこれまで黙っていたこと。地方大会に出られなかった理由のひとつでもあるのだ。
誕生したそのときから野球を続けている携帯たちは体力が下準備されているためこのような事態はないのだが
我々はレジスタンスに集められていきなり始めた初心者集団だ。
そう、無理な体力に心臓-電池パック-が追いつかなかったのだ。

そして錠子は倒れた、レジスタンスの次に、一番多く練習していたのだから。

練習のしすぎで電池パックの消耗が激しく、このようになってしまった。

そして みんな

次々と 倒れて 倒れて 倒れて 倒れて...

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「皆の心臓が・・・っ、皆の・・・命が・・・!消えて、どこにも、いなくなって・・・!」
「・・・」
「黄金の内野手なんてどこにもいない・・・黄金の外野手も消えてしまった・・・!!」
「・・・」
「レジスタンス・・・」
「どうした」
「このまま・・・黄金のバッテリーも、消えてなくなってしまうのか・・・?!」
「・・・」
「答えてくれっ!!レジスタンス!!!」
「・・・そうだな」
「!?」
「このまま俺が死んで、残るのはお前だけだな」
「そんな...!!」
「だが死んでも誰も後悔してないと思う、お前も生きて、後悔はするな。

元気でな、楽しかった、もう心を閉ざすことはないな」
「どういうことだ...!!」


ハッと手を掴むとそこにいたのは誰か知らない男の人。
私の姿は女子高生。

―レジスタンスは...?

―私は...誰?

「火零さん、どうしたの?こんなところに呼び出して急に俺の手なんか掴んで」

火零?

そうだ、私だ。私はグラビティーじゃない。私の名前は火零 空-びれい そら-。
この人は私が...好きだった人だ。

まるで、レジスタンスのような顔をしている。

「あ、あの、好きです!!」

そのとき気づいた。
あの世界は私の幻想だったのか。
いや、私が未来から過去へと戻る通過点だったんだ。

未来の私は告白に失敗して、その後不登校になった。
それから現実が嫌になって、部屋で、ナイフを持って私はこの世から消え去ったんだ。

死ぬ間際光が見えた。

―もっと...学生時代にしかできない青春を。

それが現実になって、レジスタンスたちは私に勇気をもたらせてくれたんだ。
そして人生をやり直す時間をくれた。過去をくれたんだ。

それがここ。

「...いいよ、俺も火零さんのこと、気になってたんだ。
なんだかさ他人じゃない気がするんだよ、昔一緒にスポーツやらなかった?」
「私も、なんだかあなたと、他に友達たくさん呼んで、スポーツやったきがするの」


あの世界がどうして作り上げられたのか私は知らない。
だけど これからは...

「一緒にさ、野球しない?」


人間の明るい未来と青春を作り上げる人になろうと思う。

                                         〈 おわり 〉