てのひらの小説 『遥かなる故郷』 ボコ

ボコさんの放つファンタジー・ワールドをお楽しみください。

 

『遥かなる故郷』   ボコ


俺が住むシラルド国と隣国タルヴィ国。
二つの国の二人の王の醜い争い。
それはお互いの国全体を巻き込んで、数十年もの長い戦いを続けた。
大地が焼け、生命は死に絶えた。
ようやく戦いを終えた頃には、何もかもが消えていた。
もちろん俺の全ても灰へと消えたのだ。

俺の故郷はシラルド国の辺境に位置する小さな村だった。
なにがあるわけでもなく、あるといえば大きく広がる森だけ。
だが俺はそこが大好きだった。
家族、友達、村の人たち。
みんなの笑顔があるだけで充分だった。

ある日、村の空が紅く染まった。
たまたま母とともに森に出かけていた時だった。
母は言った。
「ここで待ってて、必ず迎えに来るから」
必死の形相の母に一緒に行きたい、などと言えず、俺は言いつけを守った。
一日経っても母は戻ってこなかった。
空腹を凌ぐ、木の実も無くなり、限界が来て言いつけを破り、母が向かった村へと戻った。
村に広がるのは黒。
緑豊かな土地だった村は跡形もなかった。
村の人の名を呼んだ。
返事は無い。
友達の名を呼んだ。
返事は無い。
母の名を呼んだ。
やはり返事は無かった。

その後はがむしゃらだった。
ただ、俺のような人をもう見たくなかった。
ただ、そのために俺は剣を取った。
気づけば、俺は英雄と呼ばれた。
誰もが俺を敬ってくれた。
見回せば人々の笑顔が見えた。

「俺は旅に出ようと思うんだ」
ある日、俺と共に英雄と呼ばれた俺の親友に言った。
「なんでだ!! ようやくタルヴィ国との戦争も終わった。もう俺たちが求めたものはここにあるんだぞ!!」
「違うんだ、俺が求めていたものは違うんだ」
「俺たちのおかげで国のみんなは笑顔だ。 お前も望んでいたものだろう!!」
「確かに、みんなが笑顔でいれることはとてもいいことだし、俺もそれを望んでいた」
「なら、なんで......」
「俺は、ただ"みんな"が待つ家へ帰りたいんだ」
そう呟いたのが最後だった。
親友は俺が旅に出ることを認めてくれた。

「いつまでも待ってるからな」
「ここはお前の第2の故郷なんだから」
そう言って俺を送り出してくれた仲間達。
少しだけ涙が出た気がした。

故郷へと戻ってきた。
あの頃と何も変わらず、黒い世界が広がっているだけだった。
懐かしい香りはしない。
瞼に焼きついた光景はもうない。
泣きそうになる自分を抑えて、一晩をそこで過ごした。

   リン

空が鳴った気がした。
眠っていた自らの身体を起こす。
音の主を探して辺りを見回すが何もない。
......気のせいか?

   リン

また鳴った。
今度は明確に聴こえた。
「鈴――?」
だと思う。
それは森のほうから聴こえて来た。
自然と俺の足は森へと向かった。
 
森の中を進むにつれてハッキリとする音。
音を頼りに進むと森の奥に紅く染まった場所があった。
怖い、と思った。
母を、友達を、村の人たちを、無へと戻した紅が怖かった。
だが鈴は鳴る。
俺に早くと急かすかのように。
意を決して歩みを進めた。

辿り着いたのは夜の宴。
赤く彩られた木々。
円を描くようにして炎を掲げ楽器を手にもつ人々。
そしてなによりその全てに囲まれるようにしてたつ少女。
眼を見張った。
ここに人がいるとは思わなかったからだ。
あの日からここは無人だったハズなのに......

   リン

鈴が鳴った。
それは真ん中に立つ少女の長い髪をひとつに結わえた髪飾りにつけられているようだった。
燃える炎のような服を身にまとった少女。
なぜだろう、この少女は――

円を描いていた人々が一斉に演奏を始めた。
その音色にあわせ少女が踊り始める。
人々が唄をうたい、少女が詩をうたう。
そしてそれに呼応するかのように少女は踊り、また鈴も音を紡いだ。
しばらくじっとそれらを見つめていた。
何も言うことが出来なくて、でもここから離れることも出来なくて。
ただその音色に包まれていた。
ふと少女がこちらに気付いた。
視線が重なる。
俺はなにか言わなければ、と焦ったが彼女はなにも言わず、ただ女神のような笑みで微笑んだ。

ドクン、と胸が鳴った。
なにか、なにかが引っかかる。
この唄を知っている?
この詩を聴いていた?
この少女の笑みが、懐かしい?
俺の中で全てが繋がった。
そうだ、この歌は――

覚えてる。
まだ俺が母さんの中にいた頃に、母さんが自らに宿った生命への喜びを綴った詩。
これは母さんが俺のために作った、子守唄だ......。

その刹那、円を描いていた人々の顔がハッキリと見えた。
それは同じときを過ごした村の人々のものだ。
そして少女は懐かしの母のものへと変わった。
涙がでた。
みんなが霊だとかそんな事は思わなくて。
ただ会えた喜びが大き過ぎて。
涙を流し俯く俺に少女――母は俺に近寄って、頭をなでた。
「大丈夫、あなたは決して一人じゃないわ」
顔を上げた俺の眼に映ったのは最後に見た母の笑顔と少しも変わらぬもの。
母の後ろには村のみんなの笑顔があった。
それを見届けた俺の意識は一旦暗闇に沈む。

朝靄の森の中、眼が覚めた。
昨日の事を思い出して辺りを見回してもその影は全くなく、ただの幸せな夢かと思った。

   リン

昨日と変わらぬ鈴の音。
それにあわせてかすかに聴こえたあの歌声。
それらはすぐに木々のざわめきの中へ風となって消えた。

あれは夢、だったんだと思う。
泡沫のような幸せな夢。
でもまたきっと出会える。
あのうたさえ忘れなければ、きっと。
そう信じて俺はまた歩き始めた。
あの懐かしく不思議なうたを空に向かって口ずさみながら......。

                                        < おわり >