てのひらの小説 『廻る世界』 真幌

※この夏に書かれた作品から、真幌さんのファンタジーをお送りします。

 

『廻る世界』   真幌

急に女の子が降ってきた。それも、散歩していた私の上に。お母さんから話を聞けば、別段不可解な話でもないらしく、この世界では別の世界から人が来るなんてよくある話だったらしい。いや、もちろん私からしてみれば、人が急に自分の上に降ってくるなんて事は不可解な話以外の何物でもないのだけど。
「キナリ」
「何」
私のベッドを占領して、だるそうにしているのが、私の上に落ちてきた女の子。名前はリオン。その時はなんとも抽象的だと思ったのを口に出さなかったけど、本人に「気にしてない」と先に言われてしまって、言う必要性すら無くなった。
「あのさ」
何か言おうとしたんだろうね。ただ、それを言う前にリオンのお腹がグゥ。と鳴って、本人のお腹が口の変わりに役割を果たしてしまった。
「あっそ。じゃあ散歩がてら、外行く?」
「行く」
ふと、リオンの右肩に小さく数字が見えた。あんなのあったかな。あれ?おかしいなって、首を傾げていると「飯」と短く言われて部屋を出ていくリオンの後についた。
「暑い」
「そりゃ、夏だもん。リオンの世界に四季は無かったの?」
「ある所には合ったけど、9割ぐらいは暑いか寒いかのどっちか」
「そっか」
「キナリは、この世界から飛び出したいとか思わないの?」
「別に思わないかなあ。だって、自分の生まれた世界を嫌いって言っても仕方ないよ」
「あたしは、世界から逃げてきたよ。自分の望んでいる世界じゃないからって」
リオンの口から初めてそんな事を聞いた。それもそうだ。リオンはつい1週間ほど前にこの世界に来たばかりで、私だって、無理にいろんな話を聞こうとは思わなかったし、お母さんにも止められていた。
「この世界は平和だね」
「全然平和じゃないよ。殺人事件だってあるもん」
「そりゃ、十分平和だ。あたしの世界は何をしても許される世界だった。生きるために物を奪って、人を殺して。所謂『事件』って名づけられるような事が日に何度も、皆が数える事すらやめるほど起きていたんだから。私だって、されていた側の一人であると同時にしていた側の一人でもある」
「リオ」
「昼飯、ここがいい!」
「え、あ。うん」
さっきの話しが嘘のように、影の見えていた顔が嘘のように、楽しそうな声をあげて指差した建物はファミレスだった。こんなのでいいの?決して口にはし出さなかったけど、目を輝かせているから、本当に構わないんだ。と、自己解決した。お昼には少し早い時間に来たからか、人は思っていたより少なかった。それに、夏休みとは言えど平日だもんね。
「いっぱい頼んでもいい?」
「いいけど、全部食べてよ?」
「残しません!」
リオンは笑顔で頷いて、ウエイトレスさんが困るくらいの量を頼んだ。その1時間後には、綺麗に全て平らげたから、私もびっくりした。見ているだけで満腹になってしまうほど食べた辺り、リオンは私の家での食事では多少おさえているみたいで、思わず「普段からそんなに食べてるの?」と聞けば「食べられる時に食べてるだけ」と、私としてはなんとも不思議な回答が返ってきた。さっきの話と関係しているのかもしれない。
「お腹一杯!」
「そりゃまあ、あれだけ食べたらね」
「そうだ。キナリ、ちょっと話したい事があるんだ。どこかに公園ない?」
「公園?あるけど」
「じゃ、そこ行こう」
「うん」
公園につくなり、ブランコに座って漕ぎ始めた。
「話があるから公園に来たんじゃなかったの?」
「まぁまぁ。遊びながらでも話はできるよ」
ニコッと笑って止める気配の欠片も感じないから、諦めて隣のブランコに座った。一瞬、何かを思い出したように目を見開いて、それから悲しそうな顔をした。ギィギィ言わせて大きく漕ぎ続けていたリオンは、私が話しかける前にぴょん。と軽く飛び出した。
「ちょっ」
着地にもしっかりと成功して、こちらにピースサインを見せるから、運動神経が良いって事だけはわかった。生きるために運動できるようにしているのかもしれないけど。
「で、話って?」
再びブランコに座って、今度はゆっくりと漕いだ。
「あたしね、今日元の世界に帰るらしい」
「は?」
「ほら、右肩に0って書いてあるでしょ?」
「ホントだ......って、どうしてそれをもっと早く言わなかったの!?」
「キナリのお母さんに止められてた。話すのは当日にしなさいって」
「どうして」
「しきたり」
「しきたり?」
「そう。しきたり。特に、自分が上に落ちた人には言わない方がいいらしいんだけど......あたしはキナリに何も言わずに帰るのは嫌だったから」
私と違って、リオンはしっかりと前を向いて話していた。
「残れる方法もあるんだってさ。実際にこの世界の数万人はそうだって言ってた」
「じゃ、じゃあ」
「あたしには、この世界は平和すぎるんだ。って、痛感した。だから、私は戻らなきゃいけない。向こうにはあたしの仲間がきっと待ってるから」
「だけど、でも」
「また会えるよ!きっと。そう言う運命なんだってー。おばさんがそう言ってた。」
にこりと私に笑顔が向けられた直後、後ろからぶわっと風が吹いて、思わず目を閉じた。次に開けた時には、隣のブランコには誰もいなくて、虚しく揺れているだけだった。おぼろげに、リオンは元の世界に帰ったんだって、そう感じた。いなくなる直前までこみあげていた寂しさは、不思議と無かった。

 


「お母さん......急に、私の上に人が落ちてきたんだけど」
「そう。いらっしゃい。   ちゃん」
                             <おしまい>