小説 『ショートストーリー』 第一章

今宮高校では、3年生に「課題研究」の授業があります。1年間かけて、自分の設定した課題に取り組む、いわば「卒業論文」、「卒業制作」といったものです。

国語の課題研究を選んで、小説を創作する生徒もいます。 本年度3年生・15期生の作品から、さちのかさんの『ショートストーリー』を紹介します。 四つの独立したショートストーリーから成る作品です。今回はそのうちの第一章を掲載します。他の章も随時アップしていきます。お楽しみに。

 

国語課題研究作品

『ショートストーリー』   さちのか

 第一章 僕と弟

今日はテストが返ってきた。
「今日もどうせ同じなんだろうな...」
僕はそう思いながら重い足取りで家に帰った。
「健(たける)、テスト帰ってきたんでしょ? 見せなさい。」
家に帰ると案の定テストを見せろと言われた。
僕はどうせいつも通り弟と比較されて終わりだろうと、テスト用紙を母親に渡して自分の部屋に閉じこもった。
僕の弟、柊(ひいらぎ)聡(さとる)。あいつは何にも取り柄のない僕と違って何でもできる天才だ。
「ほんと、聡は凄いわね。」
「また、90点だって? 凄いじゃないか!」
「本当に聡は私たちの自慢の息子ね!」
皆口を開けば、聡、聡、聡。隣にいる僕には見向きもしない。
「所詮僕は聡の付属品(おまけ)さ。」

だから僕は聡のことが嫌いだった。聡ばかりに目がいく両親も嫌いだった。
何度もこの家から出て行きたいと思った。それに聡が消えてしまえばいいのにとさえ思った。
でも、僕は何にもできない。したいと思っていても実行に移せない。
それはまだどこかで両親が僕を見てくれるんじゃないかと思っているからなのだろう。
でもこの14年間、まだその願いは叶ってはいない。

毎日同じようなことを繰り返して、また月日が過ぎた。
あの日だ。
「おっ、柊よく頑張ったな。」
そう担任に言われ、僕はテスト用紙を覗き込んだ。
「90点...。やった...!」
僕はその点数を見て思わず心の中で小さくガッツポーズをした。
この点数なら...。そう思った。
学校が終わり、僕は少し急ぎ足で家に帰った。
ガチャ
「ただいま。」
いつもなら返ってくる返事が来ない。
買い物にでも行ったのかと思い、リビングに向かった。
「凄いじゃない聡!満点だなんて!」
「そんなことないよ...」
母さんに褒められて恥ずかしかったのか、聡は顔を赤らめる。
リビングにいた母さんが僕に気づいた。
「あら、返って来てたの?おかえりなさい。それより凄いのよ!聡ってば100点取ったんですって!」
「...凄いじゃないか。」
僕はそう返すだけで精一杯だった。僕は何かに耐えるように手の中にあった紙を握り潰した。
「その紙どうしたの?手紙ならそんな風にしちゃだめでしょ。」
「...大丈夫。手紙じゃないし、そんな大事なものでもないから。」
僕はそう言ってくしゃくしゃになった紙をゴミ箱に捨て、リュックをその場に投げ捨てて家を出た。
「健!待ちなさい!」
母さんの声が聞こえたが、無視した。

それから僕はいつもの公園にいた。
この公園は僕がまだ聡にコンプレックスを感じなかった頃、二人一緒に遊んでいた場所である。
コンプレックスを抱くようになってからは、自分のどうしようもない気持ちを落ち着けるためによく来ていた。
「結局一緒か。僕がいくら頑張ったって母さんも父さんも何とも思わないのさ。だって、うちには天才の聡がいるんだ。あいつがいれば...。」
僕はただ物思いにふけりながらブランコをずっとこいでいた。

どれくらいの時間が過ぎただろうか、辺りはすっかり真っ暗になっていた。
「これからどうしよう。帰りたくないけど、さすがにもう帰らないといけないか...。」
そんなことを考え、僕は憂鬱なまま家に帰った。
「ずいぶん遅くなったから、怒られるんだろうな。」
 はあ...
玄関の前まで着き、扉を開けようとした時、中から話し声が聞こえた。
「健、まだ帰ってきてないのよ。」
「何だ、友達と遊んでいるんじゃないか?」
「そうかしら...」
「あいつだってもう14歳だ。勝手にやれるだろ。」
「...そうよね。あの子ももうそんな年だもんね。」
 ...そうそう実はね聡がテストで満点取ったのよ!
 おおっ凄いじゃないか!流石聡だな。
僕は扉を開けようとしていた手を引いた。
「僕のことなんて全然心配じゃないんだ...」
僕はただ呆然として夜の町に歩いて行った。
「これからどうしようか。」
これからのことを考えながら歩いていた僕の横を仲が良さそうな親子が通ったのを見て、僕は自分がみじめなに思えた。
「僕はいらない子なんだろうか...。僕がいなくなっても誰も何にも思わないんだろうか...。」
一度そう考えてしまうと自分ではもうその考えを止めることはできない。
「そうさ、誰も僕なんか必要としていないんだ!僕なんていない方がいいんだ...!どうか神様...」
  僕をこの世から消してください...!
僕がそう叫んだ時、いいよと声が聞こえた気がした。
「...なんてね。」
僕は少し母さん達がどうしているか気になったが、そんな考えを振り切るように頭を振った。すると向こうの方から警察が来るのを見つけた。
「あんな所に警察がいる。見つかったら補導されるかもしれない...!」
そう思って僕はその場を離れようとしたが、警察がこっちに近づいて来た。
やばいっ、こっちに来る!
.........えっ?
僕のほうに来ると思った警察官は僕なんていないかのように隣を横切って行った。
「どういうことなんだろう? 僕が未成年に見えなかったなんてあり得ないし...。」
僕の今の服装は学生服である。絶対そんなことはあり得ないのだ。
僕は不気味に思ってその場から逃げだした。
 はぁ、はぁ、はぁ...
僕は無意識にあの公園へ走って来ていた。
とりあえず走り疲れた体を休めようと地面に座り込んだ。
「一体どういうことなんだ。あの警官には僕が見えなかったとでもいうの...?」
 いや、まさかな...

「それがあり得るんだよねー。」
 バッ
突然ブランコのほうから声が聞こえた。
僕は驚いてそっちを見ると、ブランコに座っている着流しを着た男がいた。
「ど、どういうことだよそれ!」
僕は戸惑いながら男に聞いた。
「だって君言ったじゃない。神様僕を消してくれって。ただ僕はそれを実行しただけ、良かったじゃない願いがかなって。」
着流しの男は楽しそうに話す。
「確かに言ったけど、そんな、ほんとに消えるなんて思わないし...。だから元に戻してよ!」
そう言うと着流しの男は楽しそうに言った。
「君が確かに言ったんだから、自分の言葉には責任持たなくちゃね。それにこれで君は弟君と比べられることもなくなったわけだ。良かったね!」
 「それは...」
僕が次の言葉を言う前に着流しの男はもうここに用はないとばかりに消えてしまった。
「どうしたらいいんだろう。確かに消えたいと言ったでも、こんなの...」

あの男の話が本当なら僕はもう誰にも認知されないということだろう。
どれだけ喚き叫ぼうとも...
「...いや。何で僕はさっきの男の言葉を鵜呑みにしてるんだ。それにまだそうときまったわけじゃない。あいつは僕のことが見えていたじゃないか!」
そう必死に最悪の事態を否定していると声が聞こえてきた。
「兄さーん!兄さーん!どこにいるのー!」
これは......聡の声だ。
「聡!」
聡が公園に入って来た。
 ほら、さっきの男の言葉は全部嘘なんだ!
そう思った瞬間聡が横を通り過ぎる。
 えっ...
「聡!僕はここにいる!目の前にいるんだ!」
僕はそう聡に話し続けるが、聡は僕の目の前で僕の名前を呼び続ける。
「ここにもいないなんて。ここにいると思ったのに...」
聡が公園を後にしようとする。

「待って聡!僕はここにいるんだよ!聡...!」
僕は力いっぱい喉がかれるくらい叫んだ。
でも聡に声は届かなかった。そして聡はどこかに行ってしまった。
そのあと虚無感にみまわれた僕は唯一人ベンチでうつむいていた。
「はは...あの男の言ってたこと、本当だったんだ。」
僕の頭の中にはこのまま一生このままなんじゃないか、僕はもう実はこの世に存在してないんじゃないか、などの考えが浮かんだ。
そんな風に考えて考えて考えて、もういっそのこと思考を停止させて何にも考えなければ辛くなんてないじゃないか、そう思ったときいきなり足元が真っ白に染まった。
何が起きたんだと思い顔を上げる。
 っまぶしい...
それは朝日だった。
 ねえ、おにいちゃん。
 なんださとる?
 あのね、ぼくまたおにいちゃんとあさひみたいな。
 そんなにきにいったの?
 えっと、あさひをみるとね、なんだかこころがぽかぽかするから!
 ぼくもぽかぽかしたよ!じゃあまたいっしょにみようね!
 うん!
あれは一緒に朝日を見てすごく感動して、また一緒にって約束した時の記憶。
「そういえばあの後か、僕が聡にコンプレックスを感じるようになったのは...。」
 聡とまた朝日見るって言って、見てないな...僕はまだここであきらめるわけにはいかない。
そう思った健の眼は確かに光を取り戻していた。
「とりあえず何か知ってそうなあの男を探さないと。」
そうは言っても男の情報は一切ない。
「仕方がない。町全体を歩き回って絶対見つけてやる!」
僕はそう意気込んで公園を後にした。
はあ、はあ
「こんなに探してるのに全然見つからないなんて...。」
 あとはこの交差点を渡った先だけか...
今の時刻は7時。あの男を探している間にすっかりみられないことになれてしまった。
「あれは、聡じゃないか...。もしかしてこんな時間まで僕のことを探していたのか?」
交差点の向こう側にいる聡を見つけた。 
 絶対元に戻って見せるから、待ってて...
交差点の信号が変わる。たくさんの人が一斉に歩き出す。
僕が聡の横を通り過ぎようとした瞬間目の前が真っ暗になった。
僕は聡に抱きしめられていた。
「な、んで...。」
僕は何が何だか分からず困惑する。
「やっと見つけた!ほんとにどこに行ってたの...!」
聡は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「...兄さん泣いてるの?」
「えっ...」
どうやら僕も泣いていたらしい。
車のクラクションが鳴る。
いつの間にか信号が変わっていたらしい。
顔を見合わせた二人の顔には涙と笑顔が浮かんでいた。

                                   〈 了 〉