小説 『ショートストーリー』 第二章

前回につづき、さちのかさんの国語課題研究作品の第二章を紹介します。

 

国語課題研究作品

『ショートストーリー』   さちのか

 第二章 私と彼

 

 あの、好きです!私と付き合ってください!
 あの、好きです!僕と付き合ってください!
 ...えっ?......ップ、あははは!
 ...えっ?......ップ、あはははは!
 これからよろしくお願いします!
 こちらこそ、これからよろしく!
「ねえ、翠(みどり)って彼氏とかいないの?」
「えっ?知らないのー?翠ってば彼氏とラブラブなんだから(笑)」
「そうなんだー(笑)」
「もうっ、そんなことないってば!」
私たちが付き合って5年が経った。
中学生だった私も彼も、もう大学生である。
最近はお互いが忙しいということもあって、彼とはなかなか会うことがなかった。
倦怠期というやつなのか、そう思っては頭を振る。
そんなな中でも電話だけは2日に一度はしていた。
それだけが今の私の不安をなくしてくれる唯一のものだった。
「ねえ、今度の日曜日に一緒に遊びに行かない?」
「ごめん、今度の日曜日は課題があって...。」
「そっか、なら仕方がないね。いつなら行けそう?」
「...ごめん、しばらくは本当に忙しくなるから。それにもしかしたら電話するのも難しくなるかもしれない。あっ、でもちゃんと出来る限りはするから!」
「...うん、わかった。忙しかったら仕方がないもんね。それに電話も別に無理にすることないからね。うん、じゃあ。...またね。」

それから三日、五日と減っていき、一週間に一度電話があるかないかぐらいになった。
 はあ...
「これ絶対倦怠期ってやつだよね。」
そう思いながら私は香苗(かなえ)と聡美(さとみ)の恋バナに耳を傾けていた。
「ねえねえ、そういえばさー、翠って彼氏のどこが好きなの?やっぱり男は顔?」
「もうっ、香苗ってば!男は顔じゃなくて内面にきまってるでしょ!顔が不細工でも優しければそれで...。」
「そう言うってことはもしかして聡美、誰か気になってる人でもいるの?」
「そっ、そんなことないし!唯思ったこと言っただけだよ!」
「あやしー!教えなさいよー!」
「い、いないから!」
香苗と聡美は二人で言い争いを始める。
 彼氏のどこが好き、か...
「どこがって、どこが好きなんだろ?優しいところとか?それは何か違う気がするんだよね...。」
 私は本当に今も馨(かおる)のことが好きなんだろうか?
もしかして、馨も同じことを考えてるんじゃないか?
そんなこと考えた私は忙しいと言って会えないのは本当は私と会うことが嫌なんじゃないか、と思い始めた。

電話がかかってきたある日。私は馨に聞いてみた。
「久しぶりだね。ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど...。」
「久しぶり。うん、何でも聞いてよ。」
「馨は私のどこが好き?」
「...えっ、凄い急だね。えっと、翠の好きなところはね、えっと...。」
「...言えないの?」
「いやっ!そういうわけじゃなくて...。」
「...もういいよ。今日はもう終わろう。忙しいんでしょ?じゃあ。」
「あっ待って...!」
プーップーップーッ
「...やっぱりね。馨はきっと私と話すのが嫌だったんだよ...。」
それから最低1日に一回は馨から電話が来たが、私は全て無視した。
それは別れようと言われるのが怖かったからなのかもしれない。
「ねえ、翠最近元気ないよ?大丈夫?」

「別に大丈夫。大したことないから...。」
~♪~♪~♪
「あっ!翠、携帯鳴ってるよ?彼氏さんからかもねー(笑)」
携帯の着信画面を見るとそこには"馨"とあった。
「これって、彼氏の名前でしょ?出ちゃいなよ!」
何にも知らない香苗と聡美は電話に出るように言う。
 人の気も知らないでさ...
私は放っておくことができなさそうなので電話に出た。
「......もしもし。」
「翠!やっと電話に出てくれたんだね...。」
「友達に言われて仕方がなくね...。」
「...翠に大事な話があるんだ。今度の土曜日12時にいつも待ち合わせしていた公園で会いたい。」
「...勝手なこと言わないでよ。今までは忙しいって言ってたのにさ。」
「勝手なこと言ってるってわかってる。...でも、直接会って言いたいことがあるんだ。......待ってるから。」
約束の土曜日になった。
今更何が言いたいんだろうか?
「今更遅いのよ...。」
そう思って私は待ち合わせの時間になっても行かなかった。
待ち合わせの時間から2時間が経った。
「さすがにもういないよね...?」
私は少し気になって約束の場所まで行ってみることにした。
公園の向かい側にある信号で待っていた時、私は公園内に馨を見つけた。
いつも二人で座って話していたベンチに座っていた。
「...嘘。もう待ち合わせから2時間以上過ぎてるのに...。」
信じられないと馨を見ていると、馨が私に気付いた。
信号が青に変わる。
馨が近づいてくる。私はその場から動かない。
「......翠!」
 キキーッ、バンッ
私にはいったい何が起きたのかわからなかった。
 えっ...
唯私の目の前で馨が真っ赤になって倒れていた。
「い、いやああああああああああああ!」
周りから全ての音が消えた。


「ここは...。」
私が目を開けると白い天井が広がっていた。
「気付いたのね。」
声が聞こえた方に首を向けるとそこには馨のお母さんの千代(ちよ)さんがいた。
「翠ちゃんはね、ショックで倒れてしまったのよ...。」
 ショックで倒れたって...
「か、馨は!馨は無事なんですか!」
私はあの場面を思い出し、千代さんに聞いた。
「...翠ちゃん。落ち着いて聞いてね。......馨はね、...死んでしまったのよ。」
「そんな...嘘ですよね...?」

しかし無情にもその事実が変わることはなかった。
「...本当よ、本当のことなの。」
事実は変わらなくて事実を認めるしかなくて。
「わ、私がちゃんと待ち合わせの時間に行っていたら、そしたら馨は死ななかったのに...!」
全部、全部、全部、私のせいだ。私が私が...!
 ふわっ
気付いたら私は千代さんに抱きしめられていた。
「確かに馨が死んでしまったことは悲しいわ。でも、でも翠ちゃんは悪くないのよ、悪くないの...。それにね馨ってばどんな顔してたと思う?」
私はわからなくて唯無言で頭を横に振る。
「...あの子ね。笑ってたのよ。事故にあったって言うのに...。私はね翠ちゃん。あの子はきっと翠ちゃんを守れて嬉しかったんだと思うわ。」
私は唯千代さんのことを見ていた。
「...一度一人になりたいかもね。私は今から少し部屋から出てくわ。」
 バタン
私は病室に一人になった。
机にあるノートを見て先ほど去り際に千代さんが言ったことを思い出す。
 そこにあるノートはね、馨が毎日欠かさず書いていた日記なの。
 あとで一度中身を見てくれないかしら?
私は日記を手に取り、無言で中を開いた。
 
10月2日
 やっと桜井さんに告白できた。
 桜井さんも僕のことを好きだと言ってくれて本当に嬉しかった。 
10月7日
 明日は桜井さんと初めてのデート。
 今日は緊張して寝むれそうにない...。
 3月15日
 翠と僕は大学が違う。
 高校まで一緒だったので翠が僕以外の人を好きにならないか不安だ。
そこには付き合いだした頃のものもあり、私の頭の中に思い出が溢れてくる。
 
 5月10日
最近忙しくてなかなか翠に会うことが出来ない。
会いたい。
 7月15日
翠に電話をするのも難しいくらい忙しくなった。
翠の声が聞きたい。
「馨も一緒のこと思ってくれてたんだ...。」
私はまた続きを読む。
 7月28日
久しぶりに翠と話した。
翠にどこが好きかって聞かれたが、久しぶりに話したということもあって恥ずかしくて言えなかった。
 8月12日
やっと翠が電話に出てくれた。嬉しかった。
今度の土曜日いつもの公園で会う約束をした。

そこで僕は絶対 今まで翠の気持ちに気付かなかったことを謝りたい。
そしてこないだ言えなかったことを言うんだ。
"僕は翠の全てが好きだ。長所も短所も全部ひっくるめて翠が好きなんだ"

ポツリ、ポツリと日記に染みができた。
「...ごめん。何にも馨のことわかってなかった。本当にごめん...!」
 ふ...くっ
泣くのを我慢しようと思っても涙は止まらない。
「私には泣く資格なんてないのに!早く泣きやんでよぉ!」
窓から風が入り、必死に泣くのを我慢していた私を包み込む。
その風は温かくて何故か馨に抱きしめられたみたいで...。
 ぅわあああああああああああ!
私は思わず我慢していたことを忘れ、泣いて、泣いて、泣いた。
 ガチャッ
「入るわね。」
千代さんが帰ってきた。
「翠ちゃん、もう大丈夫?」
「おかえりなさい千代さん。はい、大丈夫です。」
私は涙でくしゃくしゃになった顔を笑顔にして答えた。

               

                                     < 了 >