小説 『ショートストーリー』 第四章

さちのかさんの国語課題研究作品。最終章をお届けします。

 

国語課題研究作品

『ショートストーリー』  さちのか

 第四章  私と彼女

私は黒猫である。名前は先ほどつけられた。
名前を付けた人間と私の関係は唯の顔見知りという微妙な関係である。
ことの始まりは約一時間前。
私がいつもどおりに間抜けな魚屋に行った時のこと。
「また盗って下さいと言わんばかりに魚が置いてあるな。」
今日も頂いて帰ろうと思ったその時。
「待ちな!その魚は俺様のものだ!」
そう言って私の前に現れたのは丸々と太ったデブ猫であった。
このデブ猫はここら辺一帯を縄張りにしているめんどくさいやつである。
「そんなに太っていては早死にするぞ。」
「はっ!お前そんなこと言って俺様の魚を横取りしようとしているな。そうはいくか!」
「いや、そんなことは思っていないぞ。私はな、ただお前を気づかってだな...。」
「いや!信用できねえな!」
はぁ...。これまたなんてめんどくさいデブなんだ。ふむ...。
「ではこうしよう。先にあの木を登りきった方が勝ち。勝った方が魚を得ることが出来るというのはどうだろう?」
「あの木にだな?そんなの楽勝、楽勝!お先に!」
そう言ってデブは木に登りに行った。
「いやはや、こんなに上手くいくとは...。さて今のうちに...。」
魚を頂いてデブの方を窺うとやつはまだ木に登っている最中であった。ばかめ...。
そうして今日も無事魚を手に入れることができた私は食事を済まし、昼寝をしていた。
「おいっ!お前っ!よくもさっきは騙してくれたな!」
何やら怒鳴り声が聞こえたので私は仕方がなく昼寝を中断してそちらを向いた。
「昼寝の続きがしたいんだが...。」
向いた方には先ほどのデブとその子分だろう猫が2匹いた。
「どう落とし前つけてもらおうか...。お前たち!俺様を騙すとどうなるか思い知らせてやれ!」
デブがそう言い、子分たちが私にジリジリと近づいてきた時。
「コラッ!あっち行きなさい!」
どこからか聞き覚えのある人間の声が聞こえた。
その声に驚きめんどくさい三匹組はそそくさと逃げて行った。
「大丈夫だったかい?」
そう私に話しかけてきたのはおせっかいな人間のばあさんである。
私は猫で彼女は人間。
話しかけたとしても話なんぞ通じるわけがないのに、会うたびに話しかけてくる奇妙な人間である。
「いつもこんな風にいじめられていたりするの?あなたさえよければ一緒に暮さないかい?」
彼女は私に向かってそう言ったが、私自身は自由気ままな野良が好きなので首を振った。
「...じゃあ、あなたともっと仲良くなりたいから名前を付けてもいいかしら?」
少し自信なさそうに私に聞いた。
私たち猫は別に名前に執着心を持っていないので首を縦に振った。
そうすると彼女は嬉しそうに笑い私にこう言った。
「あなたの名前は  。これからよろしくね。」

これが名前が付けられるまでの過程である。
そんなこんなで名前が付けられた私は今日も彼女の家の縁側にお邪魔している。
この場所は気持ちの良い光が当たり、私のお気に入りの場所である。
ここしばらくこの家に毎日のように入りびたっている私だがこの家には彼女以外いないようだ。
一度私が男女の写真が入った写真立てを見ていた時、彼女がこぼしたことがある。
どうやら彼女の夫は数年前に病気で死んでしまったらしい。
親戚も近くには住んでいないようだ。
そんな理由もあって私に構ってくるのだろう。
人間とは何ともめんどくさい生き物である。
「本当にあなたはこの場所がお気に入りね。」
彼女が私に近づいてきた。
人間とそこまで近しくなる気のない私は彼女と一定の距離をとる。
彼女はまた悲しい顔をするがしったこっちゃない。
そう思いながら顔を背けていると、彼女は袋から何かを取り出した。
煮干しだ。
私はそれを見てゴクリと喉を鳴らした。
「...煮干し何だけど、どうかしら?」
彼女は不安そうにこっちを見ている。
 だがやはり私は受け取る気は......ないぞ
そう思って彼女の様子を窺う。
「あなたともっと仲良くなりたいんだけどね...。」
彼女はまた悲しそうな顔をした。
「......うむ。」
私は彼女にそっと近づき彼女の手に乗っている煮干しを口に銜えた。
すると彼女は嬉しそうに微笑み私を優しくなでた。
 ...別に彼女のことを気にしたわけではないのだ。そう違うのだ
 ただ、煮干しを楽に手に入れることが出来るからなのだ......
頭の中で一人葛藤していたが、彼女の顔を見ているとどうでもよくなった。
それから私たちは顔見知りという関係から昼寝友達というものになった。
私は今日も変わらず彼女の家の縁側で彼女と一緒に昼寝をしに来た。
「ああ、今日も来てくれたのね。」
そう言って迎えてくれた彼女はどこか具合が悪そうである。
私が彼女のことをじっと見ていると、
「...今日は何だか体調がよくなくてね。でも、明日になればきっと良くなっているから大丈夫だよ。」
そう彼女は私に心配をかけまいと少し眉を下げて言った。
「...そんな顔をするな。また明日には良くなっているのであろう?」
そう伝えたいのに私と彼女は所詮人間と猫。
その時私は改めて私と彼女の違いを思い知らされた。
これまでも何度言葉が通じればもっと良いのにと思っただろうか、しかし私は彼女に言葉が通じなくても...楽しかったのだ。
私はこれからもそんな関係でいいと思っていたのに、この時ばかりは言葉の壁が辛く感じた。

次の日また私は彼女の家を訪れた。
「今日はもう大丈夫であろうか...。」
体調が良くなっていてほしいと思って家の中に入ると、彼女は布団の中で横になっていた。
すると私が来た事に気がついたのか彼女はもうしわけなさそうに言った。
「ごめんなさいね。今日は一緒に日向ぼっこ出来ないみたい。」
自分の体調のことよりも私との約束を気にしているようであった。
「そんなことより早く治せ。」
私はそんなこと気にしていないというように彼女の近くにうづくまった。
彼女が少し微笑んだ気がした。
また次の日、また私は彼女の家を訪れた。
しかし、どこを探しても彼女の姿が見つからない。
 体調が戻って買い物にでも出かけているのだろうか
そう思いながら家の塀の上を歩いていると、30代くらいであろうか、それくらいの年齢の女が二人話しているのが聞こえた。
「そういえば知ってる?お宅の家の隣のおばあさん、入院したらしいのよ!」
「そうなの?心配だわ!」
どうやら彼女は入院したようであった。
「体調がまた悪くなったのか...。」
いや、そもそも何故私はこんなにも彼女の心配をしているのだ。
 所詮関係といってもあの縁側の光が気持よく、昼寝を一緒にしていただけじゃないか
 そう何故私みたいないつものらりくらりとしている猫が人間なんかのことを気にしているんだ
 これでは飼い猫と何ら変わりやしないじゃないか
そう思った私は彼女のことなんて知らないという風に、あの縁側で一人昼寝をした。
いつもと同じ場所での昼寝なのに何か足りない気がした。

それから二、三日が過ぎた。
私は変わらず彼女の家の縁側で昼寝をしていた。
「おいっ!やっと見つけたぞ!」
そんな時聞き覚えのある声が聞こえた。
デブと10匹以上の子分がいた。
「お前野良のくせに人間のババアとつるんでいるらしいな!」
デブはまた続けて言う。
「人間とつるむなんて恥ずかしいと思わないのか?人間に飼われている同族は何とか人間のご機嫌を取ろうと媚を売る。そんなみじめな行為を野良であるのにするなんてな!」
 そう私は野良猫であり、本来彼女とは無関係なはずなのだ
 それこそ彼女に会うまでは人間のことを我々を格下に見ている最低な存在だと思っていた
 しかし私は彼女と話しているにつれて惹かれていった
 人間という生き物は思っていたよりましな生き物であったのだ
 確かに人間には我々を愛玩具として見ているものもいるだろ
 しかし人間には我々のことを対等に見てくれるものもいるのだ
 そうそれこそ彼女のように...
私がそう思っている間にも私と彼女の関係を馬鹿にしているデブが目にはいった。
「そこのデブいい加減にそのうるさい口を閉じてもらおうか。私は非常に不快に感じている。君がこのままどこかに消えてくれれば私は何もしない。」
「はっ!この数にお前一匹がどうにか出来るわけがないだろ!」
やれっ!その合図で子分が私に襲いかかってきた。
それを見た私は家を出てある場所に向かった。
商店街である。
逃げたぞ!追うんだ、逃がすんじゃねえぞ!
そんな声が後ろから聞こえたが私は構わず走り続けた。
そして商店街にある木の上に上った。
「やっと追いつめたぜ!今日こそこないだの恨み晴らさせてもらうからな!」
今の時間は15時ジャスト。
「...そろそろだな。来た......!」
私はその瞬間木から下り草むらに隠れた。
「おいおい、何で今日はこんなにも野良猫が集まってるんだ?」
「そんなこと俺が知るわけないだろ?とりあえずさっさと仕事終わらせるぞ。」
そう私が待っていたのは保健所の人間である。
この町には私を含め野良猫が何故か多い。
そこで保健所の人間がちょうどこれぐらいの時間になると捕まえに来るのだ。
「彼女との関係の大切さを気付かせてくれたからな。朝昼晩の三食がちゃんと用意されている場所だ。喜んでくれたら嬉しい。」
そう言って私は捕まえられたデブたちを一瞥し彼女の入院しているであろう病院に行った。
木に登り彼女を探していると何やらいろんな物が付けられてベッドで寝ている彼女を見つけた。
やはり彼女の体調は良くないらしくとても辛そうである。
彼女が看護師に何やら話しているがこの距離からは聞こえない。
「私に何か出来ることはないのだろうか。」
私がそう思っていると下から怒鳴り声が聞こえ病院から追い出された。
私は次の日もその次の日も彼女に会いに病院に来ていた。
そんな時彼女が看護師に聞いた言葉が風に乗って運ばれてきた。
「あの...今日も黒猫について何かありませんでしたか?」
「ええ、そんな話聞いていませんよ。」
「そうですか...。いつもわざわざすみませんね。」
「いえいえ。そういえば何でいつもそんなこと聞くんですか?あ、言いにくいことでしたら別にいいんですけど...。」
「それはですね...。私には仲の良い、友人のような黒猫がいるんです。それで私が入院してからどうしているのか気になって...。さすがにこんな体じゃ見に行けませんし、せめて安否だけでも知りたかったんです。」
「そうなんですか...。じゃあまた黒猫について何かあったらお話しますね。」
「よろしくお願いします。」
私はその話を聞いて思った。
 私の心配するより自分の心配をするべきだ、お節介な奴め
そうは思いはしたが、私のことを彼女は私と同じように友人のように思ってくれているとわかり嬉しく感じ、そして私は友人のために何も出来ないことを嘆いた。
すると急に彼女の容体が急変し、彼女はそれからずっと目を覚まさなかった。

...彼女が目を覚まさなくなってから1週間が経った。
木の上から彼女を見、また病院を後にしようとした時、急に自分の体に違和感を感じた。
「何か目線が高くなっているような...。」
不思議に思った私は窓ガラスで自分の姿を確認し、驚いた。
なんと私は人間になっていた。
見た目からして小学生ぐらいだろうか。
私は驚きはしたが冷静になりこれで彼女の病室に入ることができることに喜んだ。
「こんなことが起こるとは...。...神よ感謝します。」
私は彼女の病室に走って行った。
彼女の病室に着き、ドアを開け私は中に入った。
そこには窓越しに見ていた彼女が手の届く場所にいた。
その目は変わらず固く閉じらえている。
「やっと言葉が通じるようになり、言いたいことがたくさんあるのだ...。目を開けてはくれないか...。」
 姿が変わっても結局私は何もできない...。
私は彼女の手を強く握りしめ、ベッドの脇に座っていた。
そうしていると彼女の手がピクリと動き、彼女の目が開いたのだ。
「...誰かいるの?」
「ああ、いるとも。」
目から何かが溢れ出てくるのを必死に抑え、私は彼女にそう言うと彼女に顔が見えるようにした。
「...来てくれたのね。」
「ああ。」
「心配してくれたの?」
「ああ、心配したんだぞ。」
「そう...。ごめんなさいね心配かけて。」
「謝るぐらいなら、早く治せ馬鹿もの。」
「ふふ、...そうね早く治さないとね。」
「そうだな...。」
「また家の縁側で一緒に日向ぼっこしたりしたいものね...。」
彼女は私とこれだけの言葉を交わし、彼女は二度と目を覚ますことはなかった。
今になって気付いたのだが彼女は人間の姿の私が『私』であると気付いていた。
人間の姿と言えば私はあの後しばらくしてから猫の姿に戻っていた。
何とも不思議なことがあるものだ。
きっとこの二つの不思議な出来事は神様が私たちに与えてくれた最初で最後のプレゼントであったのであろう。

 

                                              < 了 >