22期 『夢十一夜』2017 一挙公開!

 現代文の授業で夏目漱石の『夢十夜』の「第一夜」「第六夜」を学習した22期1年生。その後、創作した「夢十一夜」を紹介します。

『夢十一夜』2017 その1   一年三組 I

「...またか。」

 ポストを確認してため息をつく。手には真っ白な無地の封筒。今回で八通目になるそれを開けると真っ白な便箋が一枚入っていて、そこにはボールペンでこう殴り書きされていた。「なんで昨日のあの時、はっきりいらないって言えなかったの?いらないもの押し付けられて何が嬉しいの?私ならはっきり言えるのに。私があなたならこんな気持ちにならなくて済むのに!!」

 私は自分の意思をはっきり伝えられない所がある。私が今これを言ったら雰囲気を悪くしてしまうかもしれない。そう思うと言葉を飲み込んでしまう。それをいいことにいわゆる「パシリ」と呼ばれるような扱いをされることがしばしばある。一人になるとそんな現状に嫌気がさす。もっとはっきりと自分の意思表示をしろと主張する自分がいる。しかし、最終的にはこれも自分なのかな、なんて思って押さえ込んでしまうのだ。

 そんなある日、お母さんが私に一通の手紙を持ってきた。私宛でポストに入っていたらしい。私の名前以外、住所も差出人も書いていない真っ白な封筒に入った便箋を取り出すとそこには鉛筆で、「昨日、自動販売機まで飲み物買いに行かされていたでしょう?どうして断れないの?あなたのそういう所に嫌気がさすわ。」と書かれていた。私は少しぞっとした。確かに昨日、断りきれなくて自分は何も買わないのに一緒にいる子達の分のジュースを一人で自動販売機まで買いに行った。断りきれない自分にイライラしたがそんな気持ちのはけ口がある訳もなく、ありがとうも言われずに私の仕事は終わった。その様子を見ていた誰かが耐えきれなくなってこんな手紙を出したのだろうか。なぜこんなにも自分の嫌いな所を的確についてくるのか。何もわからないが何にせよ気味が悪い。私は手紙をグシャグシャに丸めて部屋のゴミ箱に捨てた。

 その日から今日まで、毎日同じ封筒で手紙が来た。どの手紙もその前日のパシリに対する私自身に投げかけたい言葉がそのまま書かれていた。最初は気味が悪かったが、こうも続くとだんだん慣れてきて、こんなにはっきり言える手紙の差出人が羨ましくなってきた。しかも今回のような私ならはっきり言えるのになんて主張されたのは初めてだ。思わず私は呟いた。「私だって、出来ることならばあなたになりたい...」

 その日の夜、薄暗い自室で寝ようとしているとふと気配を感じて振り向いた。そこには確かに誰かが立っていた。暗くて顔はよく見えない。しかし今の私と同じ格好をしている。私は恐怖で叫ぼうとしたが声が出ない。そんな様子を見た人影がふふっと笑う。「怖がらなくても大丈夫よ、私はあなたなんだから。」...そこにいるのが私?意味がわからない。私はここにいる。私が私だ。パニックを起こしていると気持ちを読み取るかのように人影が話し出す。「パニックになっているようね。でも、本当よ。私は今からあなたを殺してあなたになるの。あなた、言ったでしょう?私になりたいって。毎晩あなたを乗っ取って手紙を出した甲斐があったわ。ようやく私になりたいと願ってくれた。それでいいのよ、その方があなたは幸せになれる。今のあなたなんていらないのよ!」彼女の話を聞いているうちに自分が「私」なのか「あなた」なのか分からなくなってきた。話の内容もよく分からない。いや、分かりたくないのか。それよりも私が殺されると聞いて再びの恐怖で体が震え出す。「いや...だ...死にたく...ない!」

「あら、そんなに怖がることはないわ。殺すのは"あなた"だけだもの。"体"の方は私が大切に大切にするから安心して?それじゃあ、さようなら。」

 薄暗い部屋の中、「私」がニヤリと笑った。

『夢十一夜』2017 その2   一年三組 S

 こんな夢をみた。

 太陽がさんさんと照る昼すぎ、自分は今まで見たことのないような高さのある建築物の狭間を歩いていた。雨上がりなのか、空気は涼しく心地が良い。自分は直感的に「未来に来ているんだな」と感じた。頭の中では「未来なんてバカバカしい」と感じたが、妙に未来だと思うと落ち着くので、そう思うことにした。しばらく歩いて行くと、建築物の隙間から虹が見えた。虹なんてものをみるのはものを見るのはとても久しぶりに感じたので、やはり綺麗だなと感動していた。

 ふとこの小さな喜びをほかの人に共感してもらいたくなり、辺りを見渡した。だが、ほかの通行人は虹なんて全く気付かぬそぶりで、一心不乱に、不思議な光る薄い板を見ている。「何をそんなに真剣に見る必要があるのか、虹より素敵なものが見えるのか」と疑問に思ったが、彼らにはそれが必要らしい。彼らはその板に夢中過ぎて首が折れ曲がりそうだ。「未来の者は、虹を楽しむことすら忘れてしまうたのか」と勝手に自分は憤怒した。が、冷静に考えると自分もそっち側なのでないかと思えてきた。朝起きてまずその光る板を確認し、友人とのコミュ二ケーションにもその光る板を使う。娯楽もその光る板で、さらには新聞の役割も果たす。

 あ、光る板の名前はスマホだったな。

 このときここは未来ではないな、と初めて気が付いた。

『夢十一夜』2017 その3   一年一組 O

 私は十六歳の高校一年生である。ある日のいつもの帰り道おかしな感覚におそわれて普段通らない道を通って、帰ることにした。すると、不思議なことに道端に一本の枯れたバラが落ちていた。なぜだかわからないけれど、私はそれを持って帰った。そして花瓶に水を入れてバラをさした。翌日バラは鮮やかな赤にもどり、立派に花弁が開いていた。その後も私はバラを大切に育てた。

 そして何日かたち、私の家に一人の少年が訪れてきた。私と年の近い少年だった。全く見たこともない人だったので私は驚いた。しかし彼は私の方をみて微笑みながら「ありがとう」と言った。私は怖くなりドアを閉めた。しかし、そんなことが一週間も続いた。そろそろ私も彼のことが気になったので後日会うことにした。

 約束の日、彼は先に待ち合わせ場所にいた。私は彼の方に行くと、いつも通り微笑んでありがとう、と言い、忘れないでね、と付け加えて言った。私は何のことだかわからなかったが気にしないことにした。その後、彼といろいろな話をした。好きなことや趣味について。私たちの関係は一気に縮まった。普段男子と接点のない私は余計彼に惹かれた。私たちはその後何度も会ってお互いのことを知っていった。私は彼に夢中になった、大好きになった。この幸せな時間がいつまでも続いたらいいのに、愛おしい気持ちでいっぱいだった。

 そんなある日、いつもの待ち合わせ場所で私は彼を見て驚いた。顔色は青ざめてゲッソリとした体になっていた。私は心配になり、また違う日に会うことにした。でも、それ以来彼が姿を見せることはなくなった。

 それから一ヶ月がたち妙に彼の言ったこと言葉を思い出した。私は途端にバラの方を見た。花瓶は薄焦げた茶色に変わりしぼんでいた。私は直感でこのバラと彼が同じだったということ、彼がなぜあんな言葉を言ったのかがわかった。私はもう一度バラに水をやったが、もう戻ることはなかった。そして彼も。悲しくて悔しくてしょうがなかった。でも時には周りのことを見てあげないといけないことに気づくことができた。

『夢十一夜』2017 その4   一年三組 K

 一昨日くらいから、九州の方で死人が街を歩き回って人を食っている、というおどろおどろしい報道が出るようになった。その時に政府が国内全域に出した外出禁止令が今日も継続されているので、自分は部屋で横になって携帯を触っていた。死人は海を渡ってはこれないらしい。九州の方が鎮圧されれば、もう安全である。だから大阪などは別に外に出ていても良いはずだが、政府が出るなと言っているから仕方ない。今日も一日中寝転がっているだけである。

 急にテレビの画面が切り替わった。広島空港から関西国際空港行きの飛行機の乗客に、死人が混ざっていたらしい。報道を伝えるアナウンサーの声が緊迫しているが、自分はさほど焦っていなかった。関西国際空港は洋上空港である。死人は海を渡ってはこれない。どうせ自分の住む阿倍野まではやってこれまい。空港で自衛隊が鎮圧してくれるだろう。大きな問題ではない。気にせずに寝ていよう。自分は少し眠ることにした。

 一時間ほど眠っていただろうか。目が覚めると、携帯の通知がやけに多い。政府からの緊急メールのようである。見ると、関西国際空港は死人によって壊滅し、鎮圧に向かった自衛隊も全滅した、というような内容だった。また、空港から泉南市街の方へつながる道路に、死人の群れが流れていったらしい。不思議なことに、自分はまだ焦っていなかった。

 泉南から阿倍野までは十分距離がある。到達するまでに誰かが鎮圧してくれるだろう。自分はまた寝転がった。気づかぬうちに、再び眠りに落ちていた。

 次に目が覚めた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。頭の上の携帯を見る。また緊急メールが来ている。死人の群れが大阪市内に到達したようだ。窓を開けて外を見る。不気味な姿の人のようなものが、うめき声をあげながら歩いているが、自分の家に入ってくる前に、誰かが鎮圧するだろう。

『夢十一夜』2017 その5   一年六組 Y

 こんな夢を見た。

 私は一人山道を歩いていた。人通りが少なく薄暗い道だった。

 ドサッ

 私は、突然穴に落ちてしまった。穴は結構深く、一人では上がれないほどだった。声をあげて助けを呼ぶと、幸いにも男性が通りがかりこちらにかけよった。そして、助けてくれるのかと思ったらその男性は何か、考え事をしているかのようだった。すると、

「助けたら、お金をいただけますか。」

そういった。私は驚いたが、助けて欲しかったのでお礼としてお金を払う約束をして、助けてもらった。

「ありがとうございました。」

私はそう言って財布から一万円を取り出し、男性にわたした。

 すると、男性はいきなり私を穴に突き飛ばした。そして、もう一度穴に落ちてしまった私にこう言った。

「次はいくらもらえますか?」

私はそこで目が覚めた。

『夢十一夜』2017 その6   一年五組 I

 こんな夢を見た。

 鏡の前で友達を話している。その鏡は自分と同じくらいの大きさである。友達によると鏡の向こうにはこちらと左右逆の世界があるらしい。しかも知らぬ間にあちら側の住人と入れ替わってしまうと言う。

「おもしろ半分にその鏡に近づくな」

と後ろから声がした。同じクラスの三神だ。彼は少し変わり者だった。普通は人が信じないような噂を一人で調べているのだ。彼はこの鏡のことも知っているのかもれない。

 その場を立ち去ろうとした時だった。持っていた荷物が鏡に当たってひびが入った。しかも鏡に映っている友達の顔にだ。

「まあ、古い物だしばれないよ」

と友達は言う。私は不吉な予感がしてたまらなかった。 

 翌日、あの鏡を見に行くと、友達がいた。「おはよう」と声をかける。振り返った彼女の顔はいつもと違った。ひびが入った場所には大きな絆創膏が貼ってある。前は左にあったほくろが右にある。

 クラスにも違和感を感じた。右ききしかいないはずなのに皆左手で鉛筆を持っている。

「なんで、皆おかしいよ」

と言うと急に立ち上がって私の方へ向かって来た。私はその場から逃げ出した。

 階段を下り終わった時、急に腕をつかまれた。三神だ。そのまま倉庫に連れ込まれる。

「どうしよう。皆鏡の世界の住人と入れ替わっちゃった」

と言うと少し間があいた。

「あいつらはしょせん鏡だ。割れれば死ぬ。これであの鏡を割るんだ」

と言って私にバットを持たせた。それと同時に皆が入ってきた。三神が押さえている間に倉庫から抜け出し、思い切り鏡を叩き割った。

「ごめん。悪ノリしすぎた」

と友達の声。冗談だったのか。私は緊張が解け床に座り込んだ。次の瞬間、体にひびが入り崩れ落ちた。

―割れれば死ぬ―

こちらの世界が鏡だった。

『夢十一夜』2017 その7   一年五組 F

 私の目の前には、長年連れ添った彼女が居た。半袖のシャツを着ていた。

 しかし、どうにもおかしい。今の時分では、半袖のシャツ一枚で過ごすには幾分か肌寒いのだ。

 これでは風邪を引いてしまうと思った私は、羽織っていた薄手のシャツを彼女に手渡した。何せ細身で色白である彼女は倒れてしまわないか不安になる程なのだ。

「これじゃあ寒いわ。」彼女は云った。

すると私は途端に不安に襲われた。何か、何か彼女を暖め得る物はないだろうか。肩に掛けていた薄茶色の鞄を覗いた。

 そこには懐炉とライターが入っていた。急いで彼女の手に懐炉を握らせた。どうにか早く暖まってほしい。彼女の細い栗色の髪が揺れた。

 此処で私は違和感を覚えた。何か大事な、忘れてはいけないことを忘れてしまっているような。少し考えを巡らせていると、切羽詰まった声で彼女が「そこにある金木犀をライターで燃やして。そうして私を暖めて。」と云った。

 成る程、先刻から鼻腔に纏わりつく甘い匂香の正体はこれだったか。一面が金木犀ばかりだった。それはもう瞠目せんばかりに眩い金色の。彼女の頼みの通りに金木犀に火を放った。身体が炎の熱気と芳しさに包まれる。これでもう大丈夫だろうと彼女の方を見ると、もう其処に姿は無かった。彼女は金木犀が好きだったと思って、はたと気付いた。気付いてしまった。彼女は一年前、金木犀が美しく咲き誇るこの季節に死んでいた。すっかり冷えきってしまっていたのは彼女ではなく、私の心だった。

 金木犀の香りはまだ鼻腔に留まっていた。

『夢十一夜』2017 その8   一年二組 T

 ある朝、起きるとなぜか静かだった。いつもなら、妹が叫ぶ声が聞こえるはずなのに、静かすぎた。不思議に思い、リビングに行くと、誰もいない。家全体を見回っても誰もいない。外に出てみると、やはり誰もいない。その日は、部活も学校も休みだったので誰かに会いたくて散歩していた。一時間ぐらい散歩していても誰もすれちがわなかった。近所のコンビニに入るが当然誰もいない。そしてまた道を歩き続けた。その頃、二つのことを考えた。一つ目は、人を見つけるまで歩き続けようということ。二つ目は、店に誰もいないということは、万引きしまくれるということだ。不安の気持ちがある中、心の隅では少し興奮していた。

 その時、人が歩いているのが見えた。しかし、歩き方がふらふらしていて明らかに奇妙だった。どんどんその人との距離が狭まる。すると、その人は血だらけだった。自分は驚きすぎたあまり、体が動かなかった。そして、その人は急に叫びだした。叫びだした瞬間体が動くようになり逃げた。体力には自信があり、逃げ切れた。焦っていた自分は、学校なら安全だろうと、近くの学校に侵入した。しかし、今まで全然人がいなかったのに人がたくさんいた。しかも、全員、血だらけで奇妙な歩き方をしていた。自分は、無我夢中で教室に行った。そして、ロッカーの中は安全だと思い、狭かったが、中に入った。ロッカーのかすかな隙間で辺りを見回した。やはり血だらけの人たちがうろついている。自分は、息を殺しながら、隠れていた。すると、放送がかすかに聞こえた。それは、今生きている人を救助する内容だった。救助されるには、外へ出てヘリコプターを見つけないといけなかった。自分は、思い切ってロッカーのドアを開けて、外へ出た。なぜか、襲ってこなかった。そして、ヘリコプターに合図をしても、返事がない。そう、もう自分は、血だらけの奇妙な人になっていたのだ。

『夢十一夜』2017 その9   一年四組 S

 気がつくと自分は電車に乗っていた。外は真夜中でなんとも幻想的な景色が広がっていた。例えるならば、子供のころに読んだ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のような景色だった。当時の自分に一番影響を与えた作品だったので内容が一気にフラッシュバックした。と同時に死んだのだと悟った。自分は急に怖くなって、向かいに座っていた乗客に尋ねた。「この電車はどこに向かっているんですか。」少し間をおいてからため息を一つついて「そんなことは誰にも分からん。」とこう返してきた。自分はてっきり答えを分かっていたつもりで質問したのだが、意外な返答に次の言葉が見つからなかった。さらに怖くなったが、どうすることもできずとりあえず次の駅までは我慢して待つことにした。

 どのくらいの時間がたったのだろうか。景色はいつまでたっても変わらず、ましてや駅に着く気配は一向にない。自分はこの間何度か飛び降りてやろうと思って実行には移さなかったが、とうとう決心した。窓を開けると驚くことに外は無音で目の前には青白く光る銀河の岸に、銀色のそらのすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさら、ゆれうごいて、波をたてている。自分はもう後には引けないと思い窓のふちを勢いよく蹴って外の世界へと身を投げた。まるでスローモーションのように落ちている感覚を味わった。ガラスよりも水素よりもすきとおっている水が目の加減で紫色のこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりするのがはっきりと見えた。

 その瞬間自分は、後悔した。それとこの前も同じような経験をしたと感じた。自分の思いとは反対に宙を舞った体は弧を描きどんどん電車から遠ざかり、暗い地面へ近づいていく。時間にしてわずか数秒の事であったが、自分は一分ぐらいのように感じていた。強い後悔とあの日と同じ過ちを犯してしまった自分を恨みながら暗い暗い地面にのみこまれるようにして落ちていった。

『夢十一夜』2017 その10   一年六組 S

 ある日、こんな夢を見た。

 僕には、愛しい彼女がいる。彼女から、「今日も仕事?」とLINEが来ていた。今日は休みなのでそのことを伝えた。すると彼女から「デートしようか。」と返信が来た。どうやら、彼女も仕事が休みらしい。最近仕事が忙しくて全然会えていなかったので「会いたい。」という気持ちがあった。彼女に「会いたいね。」送ると「お昼ごはん作りにいくね。食べたら公園にでもお散歩しよう。」と返ってきた。たまにはゆっくりするのもいいと思い、「いいね。そうしよう。」と返し、久々に会えると思うと嬉しい気持ちが溢れ、すごく舞い上がった。部屋を少し片付け、身だしなみを整えていると、インターフォンがなった。彼女だと思い、かけ足で玄関に向かった。ドアスコープを覗くと予想は当たっていた。すぐに彼女を部屋に入れ、後ろから抱きしめた。このあとに悲劇が起こるとも知らずに...。

 おいしい手作り料理を食べ終え、片付けが終わってから公園に向かいながら手を繋いで散歩していた。僕は幸せ者だなあ。と思った。

 公園につくと会えなかった分たくさん話をした。もうすぐで付き合って一年半の記念日ということですごく盛り上がっていたとき、野良の子犬が道路で止まっていた。すると、遠くからものすごいスピードで走る車がこちらに近付いていた。それに気付いた彼女が子犬を助けるために、道路にとびだした。僕は危ない!と思い、彼女を止めるために僕も走り出した。でも、もう遅かった。車はもうすぐそこで、一瞬のできごとだった。キキーッと耳が痛くなるほど高いブレーキ音、ドンッと明らかにぶつかったような鈍い音がした。怖くなって呼吸が荒くなったとき、目が覚めた。額にはすごい汗の量。今のは夢だと安心したのも束の間。インターフォンがなった。外に出ると愛しい彼女がいた。「ごはん、久々に作ろうと思って。仕事休みなんだね。」嫌な予感がした。「公園にでも散歩に行かない?」

『夢十一夜』2017 その11   一年二組 N

 私はずっと暗い道を歩いていた。トンネルのようで遥か遠くに小さな光が見える。ここは死後の世界だろうか。いや、死んだ覚えなどない。身体にも異常はなく、走れと言われたらすぐにでも走れるほど元気であった。ああ何時間歩いているのだろう。一時間いや五時間あるいは一日。いやもっと歩いてきただろう。もしかしたら一年ほど経っているかもしれない。そう感じられるくらい長く歩き続けていた。

 ふと頭の上に映画のように映像が流れ出した。少女が笑っていた。美しい少女だった。少女は成長していった。学生になり大人になり家庭を持っていった。これは誰かの人生なのだろう、幸せな人生だ、と思った。私の人生なんてこんなに美しくなかった。私の人生・・・。私の人生ってどんなものだっただろうか。なぜか思い出せない。顔は・・・。名前は・・・。頭が痛くなりそれ以上考えられなくなった私はまた歩いた。暗い道を一人でずっと歩いた。私の頭の中は何かを思い出そうと必死だった。

 しかし、頭は記憶を全て抜かれたかのように真っ黒だった。それでも必死に思い出そうとした。突然足元に水を感じた。下を見ると水溜りがあった。水は透き通っているように見え、思わず顔を近づけた。私は「あっ」と声を上げた。私の顔はあの少女の顔だった。あの映像は私の人生そのものだった。私はあれほど美しい人生を忘れていたのか。私の人生は汚いものでもなんでもなかった。顔を上げるとトンネルの出口、光で溢れた空間はもう目の前にあった。

 私は笑顔で光の先に一歩踏み出した。

『夢十一夜』2017 その12   一年四組 N

 こんな夢を見た。

 その日、私は目が覚めると体に違和感を感じた。でも何も気にせずリビングに向かった。そうするとリビングには3体の家族らしきロボットがいた。私は急いで鏡を見に行くとやはりそうだった。私自身もロボットになっていた。私はそれを素直に受けとめ学校に行く支度をした。町中も学校もやはり変わらない。いつもは休み時間におしゃべりをする友だちにもしゃべりかけることができなかった。それから今日受けた授業の内容が入っているチップをもらって復習してくるよう言われた。 その後は普段通り過ごした。

 次の日、目が覚めると周りは元通りになっていた。しかし、私の手には昨日学校で渡されたチップがあり本当だったんだと思い出す。朝はいつも通り家族との会話を弾ませながら支度をし、家を出た。 学校もいつも通りみんなが楽しそうに過ごしていた。私は休み時間仲のいい友だちと話していた。その中でテレビの話になった時、「昨日のクイズ番組を見た?」ときかれたが私は自分の記憶上それは一昨日見た。そこで私は二日かけて一日をこっちの世界とあっちの世界で過ごしているということに気づいた。でもなぜこんなことが起きているのか記憶をさかのぼった。昨年の夏、学校で未来をイメージして自分だけの未来をつくる授業があった。その時に私は確かに過去に戻ることもできて人間はロボットになっているという予想をした。それが現実に起こったのだろう。でも今の私は現在に満足している。だからもう未来のことは考えないでおこう。そういうふうにいろいろ考えているとアラームが鳴った。

『夢十一夜』2017 その13   一年一組 I

 耳元で鳴る電子時計をいつも通り叩いた。電子時計は二月二十九日 六時を表示していた。まだ重い瞼を擦り、体を起こす。 憧れの高校に入ってもう一年近く、 ネクタイを結ぶのにも慣れてきた。食パンを齧って、オレンジジュースを飲む。用意されているお弁当と水筒を鞄に詰めて、マフラーを巻く。

 行ってきますの言葉と同時に玄関の扉を開き、自転車に跨る。今日はなんだか余裕があるな、と思っているとやはりいつもより早く駅に着いていた。珍しく席に座れる。朝から気分が上がった。ここから四十分程電車に揺られる。その間は暇なので、読みかけの本を取り出し、栞のあるページを開く。夢中になっていると、もう学校の最寄り駅だった。慌てて電車から飛び出して、改札を通り抜ける。まっすぐ進むとすぐに学校だ。駅から近い所を選んで良かったと今でも思う。

 校門をくぐれば先生が立っている。演劇部ならではの声量は抑え気味にして、挨拶を返す。教員室で教室の鍵を取り、長い階段を登る。ここだけは毎朝うんざりしているが、途中にある美術部の作品を見て頑張る。

 教室に辿り着き、マフラーを解く。さて、一限目の小テストの勉強でもしようかと準備をする。と、クラスメイトの一人が入ってきた。おはよう、と声を掛けられおはよう、と返す。この子とももうすぐ離れるかもしれないんだな、とふいに思った。三月になればほとんど登校せず、そのまま春休みに入ってしまうからだ。早く休みになって欲しい気持ちはあるけれど、離れる寂しさもあり毎日を大切にしないとなあ、と思う。とりあえず、参考書を開こう。

 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴った。やっとご飯だ。三限目からお腹が空いていたので、いそいそとお弁当を取り出す。友達が集まる方へ向かい、近くの席を借りる。やった、今日は卵焼きが入っている。談笑しつつ、めいっぱいご飯を頬張る。その時、友人がこの後提出する課題の話をしだした。大変だ、完全に忘れていた。まだ手をつけてない。急いで残りを食べ、自分の席へ戻り課題に向かう。私の席の方へ来た友人はもう終わっているようで、涼しい顔をしている。なんだか悔しいけれど、悪いのは自分なので何も言えずに黙々と手を動かす。それが終わると同時に、五限目の授業の始まりのチャイムが鳴った。

 ようやく全ての授業が終わり、挨拶が済むと教室からはパラパラと人が減っていった。私も部活へ行かなきゃ。荷物を担いで部室棟へと歩き出した。扉を開き中へ入る。朝でも昼でも夕方でも、挨拶はおはようございます、だ。背筋を伸ばして、出来るだけはっきりと。それが入部して一番最初に先輩に言われたことだった。部員全員が揃ったら、声出しをして、台本の個人練習をする。それが終わったら、全体での通し。未だに緊張するが、声が震えることは無くなった。少しだけ、成長出来たと実感する。今日はスムーズに進んだため、早々に解散になった。 しかし外は既に暗くなっており、所々星が瞬いている。肌の露出している所が痛寒い。はやく、家に帰ろう。

 朝と同じ様に電車に揺られ、行きより視界が悪いなか自転車を漕ぐ。手早く駐車場に止め、玄関の扉を勢いよく開ける。あたたかい。ほっ、と息をつく。いい匂いがする。今夜はシチューだろうか。ただいま、とリビングの方に声をかけ、お風呂の準備をする。冷めきった体に染み込んでいく入浴剤の匂い。お風呂は、心も体も休まる至福の時間だと思う。夏は熱くて仕方ないけれど。お風呂から上がって、出てきたご飯を見る。やっぱりシチューだ。ごろごろの具材が美味しい。全て平らげご馳走様、おやすみ、と言い残し自室へ行く。勉強と翌日の用意を済ませば、もう寝てしまえる。

 今日はなんだか良い日だった。ちょっとしたことだけど、毎日変化する日常。明日もいいことがあるといいな。明日の目覚ましをセットしながら、明日からは三月なんだなあ...と思いつつ布団を捲る。間に体を滑らせて―――

 目が覚めた。

 電子時計は二月二十九日 五時五十九分を表示していた。