6月16日今日のあさチャンーグッと話

 私は、いつも6時過ぎに家を出て学校に向かいます。支度をしながら4チャンネルのあさチャンを観ています。だいたいテレビをつけながら5時50分前後から服を着替えます。そして、5時55分から始まる「グッと話」を聞いてから部屋を出ます。そして今日もいつもと同じように「グッと話」を小耳に挟みながら用意をしていました。そこで耳に飛び込んできたのが、「どうせ無理」という言葉。株式会社植松電機の植松努さんが語ったプレゼンテーションが話題になっているという話でした。プレゼンテーションの詳しい内容は、下記のURLに載っています。是非読んでください。

 気になったのは、この話です。

「僕は小学校に上がってすぐに担任の先生にものすごく嫌われたんです。僕が信じていたことやばあちゃんが教えてくれた事は全部否定されました。僕の夢は、お前なんかができるわけがないとさんざん言われました。じいちゃんが撫でてくれた頭を先生に散々殴られました。とっても辛かったです。でも、それを助けてくれる大人はいなかったです。僕はその先生が言った言葉を忘れていませんでした。その先生は「どうせ無理」という言葉をよく使っていたんです。このどうせ無理という言葉が恐ろしい言葉なんだなと思いました。」

改めて教育の怖さと責任を痛感しました。「どうせ無理」という言葉。小学校1年生の植松さんにこの言葉を何回も浴びせた教師は、おかしい。明らかにおかしい。でも、そんなふうに言い切れるのか?自分が今まで関わってきた生徒たちに対して、「どうせ無理」という言葉を言わなくても、心の中で「どうせ無理だよな・・・」と思っていなかったか・・・と。

そして植松さんは続けます。

「こんなこと教えてくれるのは、やったことがない人なんです。やったことがない人が適当なやらない言い訳を教えてくれるんです。」と。

まさしくその通りです。今までどれだけこの言葉を同僚たちから聞いてきたか・・・。この言葉を口にする者ほど何もやらない人たちだった。

自戒を込めて振り返ると、教師という職業についている者ほど、自分の尺度や経験で話をすることを極力避けなければならない、ならなかったと反省します。子どもたちや生徒たちの可能性を奪ってはならない。「どうせ無理だろう」と思いながら生徒に接するのと、植松さんがいうように「だったらこうしてみたら?」という姿勢で接するのとでは、まるで違います。今日は1日中、このことが頭から離れません。今日の「グッと話」は、心に深く突き刺さる話でした。

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