第68回卒業証書授与式

本日3月2日、第68回卒業証書授与式が挙行されました。68期生318名が巣立っていきました。以下、式辞を掲載しますが、その前に一つ紹介したいことがあります。

今回の式辞で伝えたかったことは、世界・宗教・政治という3つのキーワードです。この式辞を書き終えた後で、一冊の本に出会いました。それは、エマニュエル・トッド著の「シャルリとは誰か?人種差別と没落する西欧」という本です。みなさんもご存じのように、フランスでの「シャルリ・エブド」に対するテロ行為、そして2015年の終わりには大量の死傷者を出した大規模なテロが発生しました。「シャルリ・エブド」に対するテロ行為の後に、「わたしはシャルリ」とプラカードを掲げたデモがフランス全土のみならず、全世界に巻き起こりました。この現象に対して、トッド氏が社会学の見地から分析をおこなったのが、この本です。

マスコミは、「言論の自由を奪おうとするテロ行為に対して断固抗議する『わたしはシャルリ』」という切り口で報道をしていました。確かにそういう側面は多分にありますし、テロ行為は断じて許されない行為です。そして表現の自由はとても大事なことです。しかし、私は報道を見ている中である種の違和感も覚えました。「ムハンマドを風刺という手段で冒涜されたイスラム教徒の気持ちはどうなのだろう?日本人である私は、果たしてこの熱狂の中に違和感なく入れるだろうか?」と。トッド氏は、この違和感が何であるかをこの本で示してくれました。機会があれば、読んでいただければありがたいと思います。

以下式辞を紹介します。

 

大阪府立市岡高等学校

第六十八回卒業証書授与式  式辞

 

 ひときわ厳しかったこの冬の寒さの中に、確実に春の兆しを感じる今日、大阪府立市岡高等学校第六十八回卒業証書授与式を挙行いたしましたところ、大阪府教育委員会ご代表 上本 雅也(かみもと まさや)様をはじめ、府議会議員三田勝久(みた かつひさ)様、地域の小・中学校の校長先生方、また、同窓会、PTAのみなさま、さらには本校卒業五十周年を迎えられました十八期生の皆様方など、多数のご来賓の御臨席を賜りました。高いところからではございますが、厚く御礼申し上げます。

 

ただいま、318名の皆さんに、卒業証書を授与いたしました。

保護者の皆様方には、お子様が本校での課程を無事修了され、本日の晴れの卒業の日を迎えられましたこと、さぞ、お喜びのことと存じます。

教職員を代表し、心からお祝い申し上げますとともに、本校にお寄せいただいたご理解とご協力に対しまして、深く感謝を申し上げる次第でございます。

 

さて、六十八期生のみなさん、卒業、おめでとうございます。

みなさんにとっては、ついこの間、市岡高校の門をくぐったという思いがあるのではないでしょうか。

皆さんは、教科の学習はもとより、ホームルーム活動や部活動、学校行事等を通して、友人や先生と交流を図り、多くのことを学んだことでしょう。

皆さんは今日を境に、それぞれの道に進んでいくわけですが、高校生活で学んだことを糧として、確かな足取りでこれからの人生を、歩んでほしいと思います。

それでは、卒業にあたり皆さんの前途を祝し、私の思いを述べさせていただいて、餞の言葉にしたいと思います。

 

 私が皆さんに伝えたいことは、次の3つの事に注目し、目を逸らさずにこれからの社会を歩んでほしいということです。

 

 一つ目は、世界に注目してほしいということです。いや、世界史にといったほうが正確かもしれません。皆さんが高校在学中に世界で起こった様々な出来事は、世界史に残るほどの出来事です。1989年11月10日にベルリンの壁が崩壊しました。このことに匹敵する出来事が、今世界中で起こっています。それは、第2次世界大戦が終了した後の世界秩序を、もう一度変更しようという動きを含んでいます。非常に危険で平和を脅かしかねない動きです。私達は極東の島国で生活しています。マスコミで報道される様々な出来事に対して、関心をもち、驚き、悲しみ、そして怒りを覚えます。しかし、世界の出来事に対して心のどこかに距離感を持っているのではないでしょうか。世界の動きにもっと鋭敏になるべきではないか、世界史の動きを肌で感じ、人類が勝ち取った自由と民主主義、そして基本的人権という理念を私達が高らかと唱えるべきではないかと考えます。

 

 そして、私達が世界に出ていくにあたり、どうしても避けて通れない事があります。それがみなさんに伝えたい二つ目です。それは宗教についてです。世界で起こる様々な出来事の背景には、宗教が大きく作用していることは皆さんも良く知っていると思います。しかし、この宗教的感覚がどうも私達には、すんなりと心の底に落ちていきません。多くの日本人の生活の中に、宗教が根付いていないことが多いからです。そして、日本の公教育は、戦後ずっと宗教教育について距離を取ってきました。宗教と一定離れたところで生活をし、戦後の教育を受けていた私達に、この宗教的感覚を理解しろと言っても無理なのかもしれません。しかし、世界は、宗教的要素を含んで大きく動いているのです。

 このように宗教が絡み合う世界で、今こそ私たちが古来より持っている宗教的感覚が世界的価値を持つと思っています。それは、多神教という宗教感覚です。私達は、自然に畏敬の念を抱き、いたるところに神を見出してきました。海外からの様々な宗教を受け入れ、自分たちの神として受けいれてきました。このような私達の柔軟性と寛容の心こそが、今まさに世界でおこっている宗教をめぐる悲しい出来事の解決につながるのではないかと思います。私達は無宗教だと卑下する必要はありません。私達の持つ柔軟性と寛容の多神教の宗教感覚こそが世界に誇れると思います。

 

 そして、三つ目です。それは政治です。現実の世界を動かし、様々な問題を解決するのは、政治だということです。私達の日々の生活は、政治と切っても切れない関係にあります。これは当たり前のことなのですが、私たちの感覚の中には「政治は遠いもの」という感覚があります。しかし、政治から目を背けていては、現実の問題は何も解決せず、何も前進しないのです。今、そのことに多くの若者が気付き、政治に参加し始めました。どうかみなさんも政治から目を背けないでください。今度の参議院選挙から皆さんの多くは選挙権を有します。政治に対して意思表示をしましょう。それが出発点です。

 ところで、今私は皆さんに向かって「皆さんの多くは選挙権を有します」と言いました。全員が選挙権を有しているのではないのです。同じように日本で教育を受け、労働をし、税金を納めているにも関わらず、選挙権を有しない。そういう人たちが存在するというのも、民主主義国家と言われる日本の政治状況です。このことも良く考えてほしいと思います。

 以上、私は皆さんに三つの事から目をそらさず注目してほしいと言いました。世界、宗教、政治です。これからの私達にとって極めて重要なキーワードだと思っています。

 

最後に、20年前に亡くなった司馬遼太郎氏の言葉を紹介します。司馬氏は「この国のかたち」という日本論を執筆するにあたって、その動機を次のように語っています。

 

「日本がもしなくても、ヨーロッパ史は成立し、アメリカ合衆国史も成立する。しかしながら今後、日本のありようによっては、世界に日本が存在してよかったと思う時代がくるかもしれず、その未来の世のひとたちの参考のために書き留めておいた。それが「この国のかたち」とおもってくだされば、ありがたい。」

 

いかがですか?ここで語られている「未来の世のひとたち」とはまさにあなたたちです。世界に日本が存在して良かったと思われる様に、あなたたちの活躍を期待します。君たちの中には市岡高校の『自彊』の精神が脈々と息づいています。市岡高校の卒業生として、たくましく、誇り高く生きていって下さい。

本日卒業証書を授与したすべての人の未来が、幸せなものとなることを心より願って、贐の言葉といたします。

 

 市岡高等学校校長    上野 佳哉

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