魔法の言葉

10月は前々任校72期、前々前任校61期の同窓会への案内をいただき、12日の一日に2つの同窓会に招かれるという一生の中で2度とないような幸せな時間を過ごした。初任校のクラブの生徒とも会う機会を得、数年前から、数十年前までを駆け抜けた。初任校の生徒と出会った頃は、まだ30代、修学旅行の出しものとして陸上部で劇を企画したが、レクの時間が足らず機会を失った。リベンジとして翌年の文化祭で上演。暗転の最中、ストイックな部長が急ぐあまりに教師役で出ていた私にぶつかり、鼻の骨を骨折するというアクシデントがあったことなどを振り返った。『病院でお医者様に「何で、文化祭で、教師が骨を折るの?」と問われ、もっともな疑問だと思った』という話を共有した。

61期の生徒と過ごした40代。21世紀にはいってからは、もっぱら英語教育、国際交流がメインの仕事となっていた。ニュージーランドへは在任中2回引率。参加した生徒から子供の英語教育について質問をされたり、担任を持っていた生徒から北摂での子育てについて問われたりすることに喜びを感じた。開会直後に教員がいるテーブルに食べ物を黙々と届けてくれる生徒、学年280人中、多い時には240人近い生徒が土曜日の午前、午後2部構成の講習に参加していたことを自慢しに来てくれる生徒、英語のレシテーション、スピーチコンテストなどについていたるところで話に花が咲いた。音楽に造詣が深い学校だったので合唱コンクールはクラスづくりに必須の行事で、1年次にコブクロ、2年次にはKiroroの歌で準優勝をしたコトを思い出しながらみんなで口ずさんだ。先生、大好きと駆け寄ってきてくれた生徒に「保護者懇談をした翌日、母と二人で深い意味はわからないけれどものすごく褒められてうれしかった」というエピソードを今もはっきりと覚えていると伝えた時、今でもそのことを母と話をすると顔をほころばせた。人様の命を預かる職業に従事している。適任だ。18年の時の流れを一瞬で飛び越えた。

72期の同窓会。招かれたこと自体が光栄だ。2年生の時に教頭になった。つまり高江洲先生と呼んでくれる最後の生徒たちだ。台湾への修学旅行、アメリカ研修のサポート、シンガポール研修の引率、そして最後は教頭になってからの赤本、青本も用いたこの近辺の大学の入試問題の英語対策など多岐にわたって関わりを持ってくれた。(文化祭の100人の壁の催しで、必携800対決をした。そして大人げなく優勝した。)1年次にしか授業を持っていなかったが、思い出せば教科の質問だけでなく、よく職員室前の教頭席がある入り口で出会ったところから相談に乗ることが多かった。その当時、偶然を起こすために、廊下を行き来していたという話を多くの生徒から告白された。幸せなことだ。生徒にとって友と過ごす3年間の一ページに自分のスペースが存在することはこの上なくうれしい。

11月に入ってつい先日、前前任校の管理職、PTAの同窓会に参加した。70期の保護者の方から子供が今ニューヨークの大学院で博士号をめざしているということを伝えてくださり、そのきっかけは、カリフォルニアでの3つの大学、高校でのホームステイ体験であると続けてくださった。1人で30人を連れていく過酷な研修旅行だったが、生徒たちが自らを律し、引率者を助けてくれた旅であったこと、このときのNASA JETの経験をもとに宇宙工学の博士号にチャレンジしている生徒がいることを考えると本当に大きな意味を持つ研修だったと改めて感じた。

今年は8月から多くの卒業生が、昔を振り返るチャンスをくれエールを送ってくれた。高江洲先生という言葉は魔法の言葉だ。今の時代にはそぐわず、不適切であること極まりないが、先生と呼ばれるとどこまでも力を尽くそうという気持ちになる。その魔法が解けそうになると「面接練習」というマジックワードが舞い降りる。月曜日が最後になるが、全力で宝探しに勤しみたい。

本日は久敬会の総会、創立130周年記念総会が催される。どんな素敵な出会いがあり、どんなお話が伺えるのか楽しみである。午前中のPTA協議会で原先生からたくさんのご教示を得、PTA活動にご尽力いただいている方々への感謝の念をお送りした後、会場へとはせ参じたい。

37年めもあと5か月を切った。あっという間だ。