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言葉で表現すると大切なものが壊れてしまいそうな気がする...そんな世界

「時を越え、国境を越えつながる音楽、歴代の生徒によってつながってきた音楽会~」しおりに書かれていた運営委員長のあいさつの中の一節だ。言葉のいらない心を通わせる不思議な魔法のようなもの。

 ホルン、サックス、ジャズの演奏。息を吸う、息を吐く。生きていくために必要なこの行為の強弱や長短で表現する世界。鍵盤を指で打つ、スティックでドラムを、シンバルを叩く。BlowもBeatもBで始まる。Bは破裂音だ。演奏がホール内に響き渡る。心にも響く。故郷の音と書いて響くだ。魂が揺さぶられる。

 時を越える。合唱の中にそれを見た。「さくら」は新校を立ち上げた1期生の卒業式で歌われた歌だ。20年以上の時を遡った。「栄光の架橋」は前前任校の合唱コンクールで賞をいただいた曲だ。朝早くからクラスで集まり、みんなで口ずさんだ。鉄棒での着地がいつも思い浮かぶ。「Rain」「正解」は茨高の音楽会で心動かされた曲だ。「止まる」「少し」「歩む」「由」「曲がる」「曲」数々の式辞でのあいさつや、ブログを書くきっかけをくれた曲たちだ。時を越え、多くの生徒たちと過ごした時間、茨高でいただいたたくさんの出会いを思い起こさせてくれた。言葉を交わすよりも想いを伝える術が身についているような指揮者のパフォーマンスやその一挙手一投足を見つめながら伴走をするピアノ演奏者。誠実に丁寧に自分のパートを表現しようとする歌唱者たち。惹きつけられ、心をわしづかみにされる。

 ミュージカル。一つひとつの動き。一人ひとりの演技。目の前で披露されている世界に至るまでに何百回、何千回の練習を積み重ねてきたのだろう。声の出し方、足の運び方、手の動きや視線の向け方。何万通りの選択肢の中で辿り着いた舞台上で繰り広げられているSHOWはまさしく観ている聴衆1人ひとりの心に届いていた。それは、練習時、練習後、言うべきか言わざるべきか、受け止めるべきか聞き流すべきか。ありがとうとごめんねが混在する中で診断、判断、決断がされる中で行きついたこと。理解、納得、満足。受け止めるたびに心が上下左右に揺れ動いたであろう。

舞台上で「虹」を見た。前には雨が降っていたんだ。でも雨は草木を育てているんだ。「合っている」かどうかのたった一つの「答」ではなく、心で応えた。応えようとした。だから花が咲いたんだ。

 第九。4年前「奇跡の方程式」に支えられて演奏された第九を聞いてから4回め。舞台に上がる人の数も制限されず。マスクの着用の有無や立っている人の距離も気にする必要のない演奏、歌唱。「人々が平穏な世界の実現を願い、実現していく様子」を指揮者やソリストたちの類まれなる大きな力に先導されながら、舞台上に集う音楽選択者、吹奏楽部のメンバーたちが届けてくれた。その雄大で重厚な音と歌の世界に包みこまれました。

 七色に輝く虹、色とりどりの花に魅了されたこの時間に感謝。そして傘が役に立たないざざぶりの雨の中、懸命に花が咲くことを、虹の到来があることを信じ、全力を尽くした生徒のみなさん、いい時間をありがとう。そしてお疲れさま。奇跡は感謝なしでは起こり得ません。

 ホールで応援してくださったおにクルゴウダホールスタッフのみなさま、舞台袖や舞台裏、ホールの入り口で支えてくださったOBを始めとする関係者のみなさん、ご家庭でじっと、ずっと、ぞっと見守ってくださった保護者のみなさま、そして早朝から夜遅くまで力を添え続けてくださった先生方ありがとうございました。