校長 片山 造
尾崎放哉(おざきほうさい)。季語を含まない、五七五の形にこだわらない自由律俳句で種田山頭火とならび称される大正期の俳人である。
○兵庫県須磨の月をみて詠める...「こんなよい月を一人で見て寝る」
生涯世にでた俳句集は没後2か月に刊行された「大空(たいくう)」のみである。
学才がありながら人と交わることを苦手とし、酒乱、不義理など次々と問題を起こしその度、別離を繰り返す。そして晩年は、漂白と孤独の中、俳句に人としての(ほんとの自由や幸い)を見いだしていく。
○「入れものがない両手で受ける」...人は多くの施しを受け、いかされている(感謝)
「せきをしてもひとり」...誰もいない本当のひとりぼっち(孤独・ユーモア)
晩年、小豆島で過ごした八ヶ月間、病にむしばまれながら三千の俳句を産み出していく。秋の夜長、俳句でも吟じる心の余裕が欲しいものだ。ここで一句...