まだまだ知らないことばかり

校長  片山 造

 忙しさにかまけて、後回しにしていることがある。幼い頃は分からないことがあれば、「どうして?なんで?」と周りの人に聞いていたはず。いつからかそれをしなくなり、(まあいいか)と高を括るようになった。

 小さい頃の私は、世の中にはある法則性が存在し、それをクリアすることで全ての疑問が解決するものとばかり思っていた。だから、(どうして)をつきつめたのかも知れない。大きくなるにつれて、世の中の法則性なるものに次第に疑問と不確かさを感じるようになっていった。

 先日、町の図書館に行った。小さな町には似つかわしくないほど立派な建物と蔵書の充実ぶりには目を見張るものがある。書籍に囲まれながら(まだまだ知らないことが多いなあ)と、あらためて感じた。

 日々自分の周りに起こる現象を(まっさらな心)で受け止め、(感謝)と(なんでだろう)の気持ちを忘れることなく過ごしていきたいものです。その延長線上に(感動)が待っているのかも知れません。