「雑草とは何か?その美点がまだ発見されていない植物である。」
これはアメリカ合衆国の思想家、ラルフ・ウォルドー・ エマーソン氏の言葉だ。
今日は学校で体育祭が行われた。
僕が体育祭を終えて1番に持った感情は「悔しさ」だ。
何に対しての悔しさか。
競技で勝てなかったこと? 自分が活躍できなかったこと?
もちろんそれもある。
しかし、僕が感じた悔しさの中で1番大きいのは「競技外」 にある。
今回サッカー部は、様々な形で体育祭に関わらせて頂いた。
前日のグラウンド準備、当日の補助委員など。
僕は与えていただいた仕事をきっちりとこなそうと準備していた。
しかし、 やるべき仕事しかできなかったのだ。
与えられた仕事を一生懸命にこなしていると、 たくさんの人に感謝を伝えてもらった。
しかし、 与えられた仕事プラスαで何か自分が手伝えることを探し、
その楽しさを人よりも味わえなかったことが何よりも悔しいのだ。
僕は運動がさほど得意では無い。
だから、 体育祭の競技ではあまり活躍できない。
逆に運動が得意な人は、競技で活躍できる。
しかし、体育祭の面白さは競技だけなのか?
僕の答えはNOだ。
僕にとっての体育祭の面白いところは、
他にも、応援している時が1番楽しいと感じる人もいれば、
何が言いたいかというと、
「それぞれの考え方次第で、価値は生み出せる」ということだ。
過去を振り返ってみると、
1年生の時に英語のスピーチ大会があった。
少し捻くれた考えかもしれないが、
体育祭や英語のスピーチ大会といった特別な行事で、
しかし、大切なのはそこではない。
特別な行事以外の普段の何気ない生活の中で、
特に普段の生活では、「 なぜこんなことをやる必要があるのだろうか」
そういったことに対して、 何か価値があるのではないかと考え
行動してみることが、 自分の成長に繋がると僕は信じている。
これはいざやってみると非常に難しい。
しかし
たとえ雑草であっても、 そこに美点を生み出せる人に僕はなりたい。
2年プレーヤーN
掲載:顧問山磨