名前だけでも覚えて帰ってください!

 ある先輩教員の話。その先生は、すべての生徒の名前と顔はもちろんのこと、特技や好きなものまで知っていた。先生のまわりにはいつも、自然と生徒が集う。生徒と先生のやりとりを聞いていると、生徒が一方的にしゃべり、先生は「そうかそうか」と聞いている。先生は話すきっかけを与えるだけ、必要以上に語らない。先生と過ごしている時の生徒たちの居心地のよさそうな様子が忘れられない。

 (よしこれだ!)真似をしてみたが無理。どうしても会話の途中に口をはさんだり人生の先輩面をして助言をしたりしてしまう。うまくいかないなぁ、生徒にとって自分じゃない方がいいのではないか?自分は教師に向いていないのではないか?と思ったりもした。

 ある時、気になる生徒がいたので、その先生に相談してみた。すると、先生はノートを取り出しみている。のぞいてみると、一人につき見開きページ一面に知り得た情報が理路整然と書き込まれていた。こんなにも真剣に生徒と向き合い、そのための準備もしている。(かなわないなぁ)と感嘆した。

 生徒は答えを導いてくれる人も必要だが、(それよりも)いつも自分のことを気にかけてくれ、(めいっぱい)受け止めてくれる人が欲しいのだ。

 テレビを観ていると、けたたましい音楽とともに漫才師が登場。そして「名前だけでも覚えて帰ってください」という言葉をよく耳にする。しかし、それで名前を覚えたためしがない。あるとすれば、その漫才が面白く、気にかけて何度かみているうちに名前は後からついてくるということだろうか。

 その先生のように、関わる人の名前をすべて正確に一人ひとりの輪郭とともにとらえることは無理かもしれないが、せめて名前を間違えて呼ばないようにだけはしたいと思う。