手のリレー

 和歌山のお話。山崎浩敬さん(60)は、勤め先までバスを利用しています。山崎さんは、35歳のころに病気を患い、視力を失いました。それからというもの、全神経を集中して仕事場に通うため、職場に着くころにはクタクタに...。仕事を辞めようとも考えたそうです。

 そんなある日、停留所でバスを待っていると「バスが来ました」という女の子の声とともに、山崎さんの腰のあたりに小さな手が添えられました。女の子はバス通学をしている小学生でした。

 その日から、女の子は山崎さんのバスの乗り降りのお手伝いをしてくれるようになり、二人の交流が始まりました。「今日は学校でなにするの」「水泳、でも泳ぐのが苦手なの」そんな20分間のやりとりが山崎さんの励みや心の支えとなったようです。月日が流れ、そんな女の子も卒業の時を迎えました。(明日からは、また一人になるなぁ)わかってはいたものの、山崎さんは少し寂しい気持ちになったといいます。

 新年度が始まったある朝のこと。山崎さんの耳に、聞きなれた声が飛び込んできました。

 「バスが来ました」山崎さんと女の子の登校の様子をみていた下級生の小学生がそのバトンをつないだのです。それからというもの、バスの車内にも変化が感じられたといいます。「最初は気づかなかったんですけど、男の子が何も言わずに席を立って譲ってくれたり、運転手さんが段差を教えてくれたりしたんですよ」それから「小さな手のリレー」は、人を代えながら10年以上続きました。

 そして、(コロナ禍)。山崎さんが時差通勤で通勤時間を変更したため、その交流は途切れてしまいました。

 昨年9月、定時出勤に戻した山崎さん。なんと、その日から「バスが来ました」手のリレーは後輩たちによって再開されました。毎朝20分間の心温まる人と人との触れ合いがそこにはありました。

 今年、山崎さんは定年退職を迎えられました。山崎さんはWEBを介して子どもたちに感謝の気持ちを述べました。途中、感極まって涙ぐむシーンもありながら、画面の向こうの子どもたちは真剣なまなざしで受けとめています。

 これは、なかなか出来そうで出来ないこと。人間の持つ(あたたかな気持ち)という鉱脈は、意外とどこにでもあるということを教えてくれる、そんなお話でした。