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2/3(土)図書館だより(図書館入口の展示、学問のすすめ)

 図書館入口の展示のご紹介です。

 今月は図書館報『Compass Rose6号』にちなんで、

 現代語訳『学問のすすめ』(2009福沢諭吉著・齋藤孝訳)

 福沢諭吉『学問のすすめ』初版本(1872明治5年出版)の復刻版とともに

 『魯氏経済論』(1878明治11年小笠原利孝著・志賀雷山校閲) の実物

  旧制茨木中学博物教諭小笠原利孝先生が21歳の時に栃木で出版された

  初出の語句には文字の左右に読み仮名と意味を添えている    

                           を展示しています。

 小笠原先生は明治30(1897)年〜大正10(1924)年に茨木中学に勤務されていて、その間現在D館3階に残っている標本を含む約1万8千点を収集されていました。

 『魯氏経済論』の「魯氏」とは英国のJames Edwin Throld Rogers(ロジャース)のことで、アダム・スミスの『国富論』の編者であり自由主義経済の入門書の執筆者として有名です。

 志賀雷山は明治3年に慶應義塾に入塾し福沢から英語の他経済学・医学・物理化学等を学んだ後、私立の英語学校をつくり、明治10年に栃木県師範予備学校の校長に抜擢されています。この時期の慶應義塾出身者は福沢が『学問のすすめ』で説いていることを全国の国民に広める使命を帯びていました。

 明治初めの当時の日本では、欧米の教育制度にならって高等小学校や中学(今の高校)で「普通学(≒現代の大学の教養)」としての「経済学」を学ぶ事になりましたが、そのテキストは直訳で難しい文体と字体で書かれており、初学の者が学ぶのに適切な易しい教科書が求められていました。福沢も明治10年に自ら『民間経済録』を出版しています。

 『魯氏経済論』の後付で小笠原は栃木で志賀と同じ住所であることから彼の生徒であり、英語ができたために志賀の指導を受けて、初学の若者にわかりやすい「経済論」の教科書として翻訳出版し全国に販売する事ができたのではないかと思われます。

 『学問のすすめ』で福沢は「われわれ(慶應義塾の同志)の使命は、まずしっかり自分の立場に立ち、学問を教え、経済活動に従事し、本を書き、...」と説いています。志賀は小笠原に学問を教え、福沢の『学問のすすめ』を実践し小笠原に伝えたのではないでしょうか。

 明治5(1872)〜9(1876)年に発行された『学問のすすめ』(全17編)は累計約350万人に読まれました。また齋藤孝訳の現代語訳『学問のすすめ』はあらゆる価値観が大きく転換している今また、約37万部を売上げ、150年の時を超えて時代を切り開くリーダーの指針となっています。「天は人の上に人を作らず」のその先の、福沢の歯に絹を着せない言葉にぜひ皆さんも耳を傾けてみてください。(生物科)

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