G7ヒロシマサミットのこと

 被爆地ヒロシマでのG7サミットの開催について、日本がどれだけのことができるのかということに正直懐疑的でした。政局に絡めた報道にもうんざりという気持ちでいました。

 そして、サミットが終幕した今思うことは、やはり唯一の被爆国日本のヒロシマの地にG7の核保有国のリーダーが集い、グローバルサウスといわれる国々のリーダーが集い、さらにゼレンスキー大統領がオンラインでなく、実際に訪れたこと、そして原爆資料館を見学し、被爆者の声に耳を傾けたことは、意味のあることだったということです。

 でも、被爆者の方々の反応は、ちがいます。失望、落胆、怒りの声が上げられています。長年核廃絶の運動を続けられている被爆者のサーロー節子さんは、「サミットは大きな失敗」であり、「ヒロシマビジョンには、何ら新しいことはなかった」と怒りを滲ませておられました。その気持ちは、とてもよく理解できる、と私は思います。私の両親は広島出身で、私も生まれたのは広島。(生後数ヶ月で大阪に引っ越してきたそうですが)母は、爆心地からはかなり離れた家で、引っ越しの日に荷物を運んでいる時に玄関で被爆したとのこと。幸い、70代までは大きな病気をすることもなく過ごし、80代で亡くなりました。父は学徒動員で山口にいて被爆することはなかったのですが、父の実家は原爆ドームの近くのお寺で、母親とたくさんの兄弟姉妹を失っています。父親(私の祖父)だけは、お寺の本堂の大きな梁の下敷きになったものの無事に助け出され、長寿を全うしました。母は多くは語らなかったけれど、大切な友達を亡くしたことなどを時々話してくれました。父は、大切な家族を一瞬にして失ったことの心の傷が大きく、折に触れ、怒りを滲ませて原爆のこと、アメリカのこと、戦争のことを私たち子どもに語ってくれました。小学生の頃までは、夏休みに父の実家に家族で行き、原爆ドームの近くの川で行われる「灯籠ながし」を必ず観に行っていました。幼い頃は、「きれい!」とはしゃいでいましたが、だんだん意味がわかるようになりました。そういう環境にいたことから、『その気持ちはとてもよく理解できる』と思うのです。

 それでも、今回のヒロシマサミットには意味があったのではないかと私は思っています。昨日の夜のNHKニュースで、広島県被団協理事長が、失望や落胆を示しながらも、最後に「このヒロシマサミットをきっかけに、核廃絶への動きが具体的になり、10年後にこのサミットが評価されることになれば。」というようなことを言っておられました。その言葉に重みを感じました。日本が、それぞれの国が、世界がこれからどうしていくかが問われているということなのだと思いました。

 豊高生の皆さんは、どんな風に考えていますか?