町名「土塔」の由来

本校の所在地は、堺市中区土塔町2377-5という所にあります。

町名の由来は、本校の近くにある大野寺の境内地にある「土塔」という史跡の名前からきています。

「土塔」は、堺出身の奈良時代の僧・行基が建立したとされる四十九院のひとつ、大野寺の仏塔です。

平安時代に書かれた「行基年譜」には、神亀4年(727)の起工とあり、鎌倉時代の「行基菩薩行状絵伝」(重要文化財)にも、本堂・門とともに「十三重土塔」と記された塔が描かれています。

発掘調査によって土を盛り上げた1辺53.1m、高さ8.6m以上の十三重の塔で、各層には瓦が葺かれていたことがわかりました。

また、「行基年譜」の記述と同じ「神亀4年」と記された軒丸瓦も出土しています。

現在の姿は全体を盛土で保護し、12層まで復元したものです。

土塔から北西約160mのところには、土塔に使われた瓦を焼いた窯跡が2基見つかっています。

また、約460m北方には行基が天平13年(741)以前に作った「薦江池(こもえいけ)」ではないかと考えられる「菰池(こもいけ)」というため池もあります。

<※ 碑文の説明文「史跡土塔」(堺市)より引用>

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土塔公園では、地域の人が「太極拳」をされていました。

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