今日は2年生の「日本史B」の授業を参観しました。
本時の授業の「めあて」は「明治政府の中央集権化体制に対する民権運動・農民一揆・不平士族の反乱を通して、日本の近代化への過程、国民の政治的関心の向上を考察する!」です。
先ず、前時に学習した 1875(M8)年に開かれた大阪会議の復習。漸次立憲政体樹立の詔が出され、大審院・元老院の設置、第1回地方官会議の開催がなされた一方、讒謗律・新聞紙条例が制定され言論統制が強化されました。
このようななか、近代化政策で封建的特権を奪われた士族が、政府への不満を募らせていきました。
明治維新の中枢を担った藩は?の先生の質問に、「薩長土肥!」よく答えられましたね!
佐賀の乱などの一連の不平士族の反乱を学習したのち、1877(M10)年の西南戦争へ。幕末の薩摩藩・集成館で製造されたエンフィールド銃から西南戦争の勃発を紐解いていきました!
西南戦争が終わり、大久保利通が暗殺された紀尾井坂の変。紀尾井坂(紀尾井町)の地名の由来はわかりますか??